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評者◆鳥居貴彦(恵文社バンビオ店)
文字のそもそもを探る旅のはじまりはじまり
うかんむりのこども
吉田篤弘
No.3134 ・ 2013年11月16日




■私たちの日常に散らばる文字。その文字をばらして、意味を宙に浮かべて、眺めて、手にとって、味わって。そんな作業はあちらの文字からこちらの文字へ行ったり来たりの繰り返し。この読書体験は吉田篤弘の描く世界そのもの。空間を飛び越え、時間を飛び越え、あっちへふわり、こっちへふわり。文字の世界をゆらゆらと道案内してもらいながら、思考は限りなく広がってゆく。
 さて、文字はどのように始まったのか。ビッグバンか、イザナギとイザナミか、それともロゼッタストーンか。いや、文字の始まりは文字である。文字に文字と名を付けたとき、文字は始まったのだ。でも誰が、なぜ、どうして?
 「始」という文字は女が台に寄り添っている。さながらテーブルで料理を作るかのように。それがすなわち台所である。ごはんを作ることから一日は始まる。ものを食べることから人間は始まる。始まりとはなんなのか。わからないなりにもじもじしながら眺めていれば、その答えが「始」から浮かび上がってくる。文字を見ればすべてのそもそもが見えてくる。文字のそもそもを探る旅のはじまりはじまり。
 すべての文字にはかならず意味があり、形がある。どこかの誰かが生み出し、整え、意味を込めた。それをまた誰かが書き記し、形にした。字の向こう側には必ず人がいる。どこかの誰かが一文字に込めた想いが文字の意味である。この世に用意された様々な文字を前にして、この文字にしようか、あの文字にしようか、さながら買い物をしているよう。文字の向こう側にいる人と、その人が込めた意味と筆跡で会話するかのよう。
 文字は独りでも語りだす。(笑)、(仮)、(怒)。こうしてならべてみればそれぞれに顔がある。(笑)の笑みが、「がはは」なのか「ふふ」なのか「へへへ」なのか「にやり」なのか。明確な本意はわからないが、うまいことごまかすこの感じ。この漢字のこの感じ。なんとなく、で伝わる柔らかい文字たち。もっといろんな可能性があるのではないか?(百)、(無)、(風)だってなんとなくわかる、気がする。(と)、(キ)、(ほ)だってなんとなく伝わりそうな気がするのだが。時には文字の語りにまかせて放り出してみるのもあり。文字がすべてを語らなければいけないことはない。
 文字は寄り添いあって生きている。文字の中にこっそり潜む別の文字。さりげなくたたずむ一個の点、一本の線。それぞれの想いを集めて、また新しい文字が生まれる。その文字を、想いをパーツに、また文字が生まれる。文字の中のパーツに目をつけると見えていなかった意味も見えてくる。たとえば、目という文字に目をつけてみる。「直」の字から真っ直ぐにこちらを見つめる目。「眠」の字の中でとろんと眠たそうな顔をした目。寄り添う相手によってさまざまな目が見えてくる。
 文字の世界は果てがない。分厚い辞書を手に取りパラパラパラパラ。ちょっとのぞいてみるつもりが、気づけばえらく時間が経っている。そんな読書もあっていい。







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