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評者◆殿島三紀
ラブ・ロマンスは映画の王道――監督 セルジオ・カステリット『ある愛へと続く旅』
No.3133 ・ 2013年11月09日




■『書くことの重さ~佐藤泰志』『飛べ!ダコタ』『もう一人の息子』『蠢動―しゅんどう―』『ある愛へと続く旅』を観た。
 『書くことの重さ』。稲塚秀行監督作品。芥川賞候補に5回もあがりながら選に漏れ続け41歳で自死した作家・佐藤泰志。彼の生涯を友人や関係者へのインタビューと再現フィルムで構成したドキュメンタリーだ。
 『飛べ!ダコタ』。昭和21年1月、佐渡の小さな村に不時着した英空軍輸送機ダコタと村民の交流を描いた実話。良い話である。油谷誠至監督。
 『もう一人の息子』。ロレーヌ・レヴィ監督。湾岸戦争時、イスラエル・ハイファの病院で生まれたイスラエル人の赤ちゃんとパレスティナ人の赤ちゃんが爆撃から避難する際に取り違えられ、18年後の徴兵検査でそれが判明。すごすぎる設定だ。本筋とは離れるがあらためてパレスティナ人のおかれた状況に胸をつかれる。
 『蠢動―しゅんどう―』。製作・脚本・監督は三上康雄。土門拳の写真集「こどもたち」の『近藤勇と鞍馬天狗』を想起させる裂帛の気合に満ちたちゃんばら映画。久々に血沸き肉踊る剣戟を観た気がする。
 そして、今回ご紹介するのは『ある愛へと続く旅』。7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、そして、1つの国家といわれた旧ユーゴスラヴィア。1989年のソ連解体に始まり、この国にも絶望的な民族紛争の嵐が吹き荒れたのはつい先日のような気がする。実際、モンテネグロが独立したことで、旧ユーゴスラヴィアを構成していた6つの共和国が完全に独立したのは2006年のこと。落ち着いたのはやっと7年前である。
 本作は冬季オリンピックで沸き立ち、世界中から人々が集まってきた美しい丘陵の街サラエヴォで出会った男女の恋を中心軸に、この地で繰り広げられた10年に及ぶ紛争を背景に描いた物語だ。そう、あえて一言で言ってしまえばラブ・ロマンスである。とはいえ、あれだけの紛争である。当事者たちの心には深い傷痕が残り、その傷が作品のラストを思いがけないものとする仕掛けともなっている。セルジオ・カステリット監督は言う。「映画は“空想の産物”とはいえ、サラエヴォ包囲に代表される旧ユーゴスラヴィアで起きた戦闘は目を背けられぬ真実であり、今なおレイプや当時の記憶が戦火を生き抜いた人々の目から読みとることができる。真実の映画は写実的である必要はないが、それでも道徳的なストーリーを持ち、感動的なドキュメンタリーであり、心理を描写したルポルタージュだ」。
 イタリアからの留学生ジェンマを演じるペネロペ・クルス、そして、アメリカ人カメラマンであるディエゴ役のエミール・ハーシュ。要するに、サラエヴォ版『ひまわり』と言ってしまおう。戦争によって引き裂かれた男女ほど、争いの残酷さ、悲惨さ、愚かさを際立たせるものはない。サラエヴォを題材にした作品は数多いが、これはラブ・ロマンスを通じてあの紛争を描いた。今ようやくユーゴスラヴィア紛争の全貌を描く時機が訪れたのかもしれない。
 ジェンマとディエゴが愛し合った日々、そして、16年を経てジェンマと息子ピエトロが彼の地をめぐる追憶の旅。ラストで明かされる思いがけない真相は衝撃的だ。
 連日、海外ニュースで報道されたあの戦争も時の経過と共に忘れられてしまうのだろうか。時の流れは容赦がない。とはいえ、忘れ去ってしまうにはあまりにも多くの傷が残り、それは次世代につながっていく。16歳の息子は戦争が終わってからの時間を意味するものであると同時に、新しい時代を引き継ぐものとして描かれているようだ。次第に謎が解かれていく緊張感溢れる展開をばらせないのが悔しい。もう観ていただくしかない。
(フリーライター)

※『ある愛へと続く旅』は、11月1日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー。







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