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評者◆細川早苗(ブックス・みやぎ)
大事な人たちの幸せって?
サルチネス
古谷実
No.3131 ・ 2013年10月19日




■二十数年間コミックを担当していたスタッフが退職した。コミックのことなら何でも知っていて、店としては任せっきりで安心していた。その安心が突如なくなり、(仮)ではあるが、その後任をすることになった。
 雑誌担当を六年、文芸書担当十二年目、コミックもやってみたいなぁなどと軽く思っていたこともあり、意気揚々と始めた。
 ……甘かった……。
 スリップを見る目がしょぼくれる。スリップをめくる指がカサつく。隣の芝生は青いとはよく言ったものだ。だが、疲れない。いや、疲れてはいるのだが、身体がいつも以上に動いているような気がする。やることが多すぎて止まれないというのもあるが、なぜか心地いいのだ。まぁ、ただ単に本屋の仕事が好きで、暇なのだろう。
 こういうときが一番危ない。周りが見えなくなり、自己満足というしょうもない状況に陥っている場合が多い。
 そんな時、古谷実の『サルチネス』4巻が出た。お、最終巻だ! と読み始めた。不覚にも泣いてしまった。何度読んでも泣けた。
 母親に捨てられた、世間離れしたお兄ちゃんと、世間にしっかり順応している妹のお話だ。このお兄ちゃんこと「中丸タケヒコ」がタダ者ではない。
 妹・愛ちゃんの幸せのためだけに生きているという特殊な人間だ。その幸せのために、いつも平常心でいられる(よく泣いてるけど)とても厳しい修行を積んできて今に至る。働きもせず、家族との世界だけで生きてりゃ、そうそう心乱されることもなかろう。だがそれは、愛ちゃんの幸せにはつながらないのでは? とじいさんに言われ、自立目指して家出するのだ。
 頭の中でしか知らなかった人生を、家族以外の人々と実地し始めるお兄ちゃん。人とはちょっと違っているお兄ちゃんでも、愛ちゃんは大好きだ。自分の幸せは、お兄ちゃんが幸せであること……。
 変わってはいるが、お兄ちゃんは真っ当な思考の持ち主なのだ。
 「この世には保証されているモノなど何一つ無い……。そして、あってもそんなモノはいらない。多分……人間じゃなくなるからな。この先、どんなにつらく悲しい事が起こっても、オレはその時その時ちゃんとがんばる……」とお兄ちゃんは語る。
 何が大事で、どんな奴がバカなのか知っている。お兄ちゃんのその強さに、心打たれる。
 当たり前過ぎることで、頭のどこかでわかってはいることだったりするのだけれど、実際に動き出すときって、多少のエネルギーと摩擦が必要だ。人と勇気と言い換えてもいい。
 仕事が楽しく忙しいのはいい。ただ、家族の顔が今日、笑っていたかどうかも思い出せないような仕事のやり方は、何かが違うと思う。職場の仲間たちも然り。
 大事な人たちの幸せが、自分が笑っていることだというのなら、いつでも笑っていてあげたいものだなぁと、『サルチネス』を読むと思う。
 そんな強さは今の自分には到底ない。強くないので、防御策ばかりを身に纏う大人になった。だが、何かあったらこの本に戻ろう、戻れる人間でいようと思う。
 あー、やっぱり修行しなきゃダメかなぁ!(笑)







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