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評者◆鳥居貴彦(恵文社バンビオ店)
この人、何者!?
人生、行きがかりじょう――全部ゆるしてゴキゲンに
バッキー井上
No.3130 ・ 2013年10月12日




◆「古漬は曲がるが、浅漬は折れる」「全部許して飲もうじゃないか」「たのしみ上手を、恥とせよ」。
 数多くの言葉を生みだしてきたバッキー井上さん。彼の発するフレーズには、一度聞けば忘れられない、心に残るなにかがある。そのフレーズは、一見わけのわからないものばかり。その言葉たちがすべて夜のバーの片隅でコースターの裏に書きとめられたものだといわれれば、そのわけのわからなさも納得できるだろうか。酔っ払いの戯言だといってしまえばそれまでである。事実その通りかもしれない。だが、そんなわけのわからない言葉をじっくりと眺めてみると一本の筋がキリッと通っているのが見えてくる。彼の言葉に矛盾は一切ない。ツッコミどころはたくさんあるかもしれないが。
 そもそもバッキー井上とは何者か。彼の経歴は一言では表せない。
 画家、踊り子を経て、“ひとり電通”をめざす。
 三十七歳のとき、京都の錦市場で「錦・高倉屋」という漬物屋を始める。
 六年後、裏寺で、「百錬」という居酒屋も始めてしまう。
 雑誌『ミーツ・リージョナル』では創刊から約三十年、三〇〇号を超える現在まで「百の扉、千の酒」を連載中。日本初にして日本唯一の酒場ライター。
 自称、スパイ・忍び・手練れ。(本文3ページ)
 こんなにわけのわからない経歴があるだろうか。一行目からさっぱりわからない。どうしてこんな経歴になったのか。答えはこうだ。「行きがかりじょう、そうなった」。彼は一貫して言い続ける。「なんで?」と聞かれても「なんでもや!」と答えるしかない、と。そしてそれが彼の言っていることの(ほぼ)すべてである。「行きがかりじょう」とはつまり、「生かされている」ということ。街に生かされ、他人に生かされ、時代に生かされている。それはつまり、街に育ててもらっているということ。バッキーさんだけではない。私たちもみんな、「行きがかりじょう」生きている。試験に落ちた。単位が足りなかった。内定が出なかった。悪い奴に捕まった。それでも生きている。すべて「行きがかりじょう」ではないか。だからこそバッキーさんの言葉は私たちにリアルなものとして響くのだろう。
 バッキーさんは、「行きがかりじょう」の人生を歩んできた。自分は違う、と思う人もいるかもしれない。だが彼は言う。「ほとんどの人が、ほんとはスター・ウォーズのあのバーに集まってるような人やと思う」と。もちろんみんな違う人間なのだ。誰もがバッキーさんなわけではない。ただ、みんな「行きがかりじょう」である。それを肯定できる人は少ない。
 そんなバッキーさんの言葉を伝えようとする本書は、いかに生の声を文字にするか、に挑戦している。「なぁ?」とか「あー」といった声をそのまま活字にしようと試みている。声を文字にし、さらに書籍にする過程でいかに手を加えずに声のトーンや雰囲気といった生の人間の部分をつたえるか、いかに書き手を本の中の遠い存在にせず身近な人として感じてもらうか、という挑戦だと思う。読み終えたとき、「あー、ちょっとバッキーさんとこ行ってみよかな」と思わせる力がこの本にはある。







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