書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆殿島三紀
男は父として生まれるのではない――監督、脚本、編集 是枝裕和『そして父になる』
No.3129 ・ 2013年10月05日




◆『夏の終り』『サイド・エフェクト』『凶悪』『そして父になる』等を観た。
 『夏の終り』。熊切和嘉監督。50年前、瀬戸内寂聴がまだ瀬戸内晴美だった頃、二人の男の間で揺れ動く自身の赤裸々な体験を描いた私小説「夏の終り」(新潮文庫)。そのロングベストセラーの映画化作品である。『サイド・エフェクト』。スティーヴン・ソダーバーグ監督の最後の劇映画。最後とは実にもったいない話だが、抗鬱剤を服用する女性のひきおこした殺人事件をめぐる心理サスペンス。故意か副作用か。最後の最後まで真相がわからない。どんでん返しに乞うご期待。『凶悪』。新潮45編集部「凶悪―ある死刑囚の告発―」を原作とした白石和彌監督作品である。「不況なんて関係ない。金づるの年寄りはごまんといる」とうそぶき、老人を次々と殺す凶悪犯。救いのない映画だが、いつまでもとりついて離れない印象的な作品だ。
 そして、今回ご紹介するのは『そして父になる』。第66回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した是枝裕和監督作品。この作品の受賞を知った知人は、赤ん坊の取り違えなんてベタな映画だ、と言った。これって男の考え方だが、案外、それが本作の核にあるような気もする。もっとも、いまどきの男性はもっと子どもによりそった発想をするのだろうが。女は、観る前から、6年間も自分の子と思って育てていた子が他人の子だったらどうしよう、と真剣に悩んだりする。だが、産むことによって最初から母である女と違って、男は生まれてきた子どもと日々を重ねることによって《父になる》ものなのだろう。「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」という一節を拝借すれば、「男は父に生まれるのではない。父になるのだ」なのだ。
 一流大学を出て大手企業に勤め、都心の高級マンションに妻と6歳の一人息子と暮らす主人公。このバリバリの勝ち組男に起きたひとつの事件……。
 息子と血のつながったがさつな夫婦に偏見を抱きつつ、自分の子として育てたその息子にも違和感を持ち、相手夫婦の育てた血のつながった自分の息子ともうまくなじむことのできない主人公。その一方で妻たちは母としての悩みを共に抱き、現実に向き合っていく。やがて、子どもたちはお互いの家庭への宿泊を繰り返しながら、本来の家庭に入る準備を進める。彼らもまたこれまでとは真逆の家庭、真逆の父親にとまどう。群馬の電気屋から都心の高層マンションに連れてこられたやんちゃそうな少年の小さな背中が、窓外に拡がる都会の風景を眺めながら自分の置かれた状況を全身で拒絶している。父を忘れることで、血のつながらない父との絆を守り抜こうとするかのようなもう一人の少年のこわばった肩。是枝監督は子どもを撮らせたら天下一品だ。
 血のつながりか、共に過ごした6年間の歳月か。世間は血のつながりを選ぶのだろう。だが、6年という時間は決して短いものではない。監督が読んだ『ねじれた絆――赤ちゃん取り違え事件の十七年』(奥野修司著、文春文庫)には子どもを交換しないという選択をした家族も書かれていた。でも……やっぱり……観客は映画を観ながら揺れ動くしかない。
 男にとって子どもを持つということは、産みだす作業がないだけにまずは父親であらねば、と思いこむことから始まるのか。主人公もまた事件さえなければ、父性を意識することもなく自信たっぷりに、小器用に人生を送っていくタイプの人間だ。父性の獲得には、母性以上に努力が必要なのかも。これは家族の映画でありながら、男が《父になること》を描いた映画である。非常にわかりやすい図式で展開される本作は、観客を笑わせ、眉をしかめさせ、あるいは、考え込ませる。是枝ワールドの真骨頂だ。
(フリーライター)

※『そして父になる』は、9月28日(土)新宿ピカデリー他全国ロードショー。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約