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評者◆志村有弘
古代を舞台とする中・短篇歴史小説に注目――奈良時代の帝王と臣下の権謀術数を壮大な規模で描く、K・ドリーの「熟田津」(「原点」)、荒廃した室町時代を舞台に盗賊三人の生きざまを綴る、川高保秀の「盗人三態」(「呼」)
No.3129 ・ 2013年10月05日




◆今回は、古代を舞台とする中・短篇歴史小説に注目。K・ドリーの「熟田津」(原点第102号)は前半が藤原鎌足の深謀遠慮、後半は中大兄皇子の権勢とその姿勢を危惧する額田王を描く。作品名は額田王の歌に拠り、壬申の乱直前までを壮大な規模で展開させる。現代感覚で表現する工夫の跡が見え、作中に見え隠れする大海人皇子の言動が印象的だ。力作である。
 西穂梓の「玉の髪飾り―天平女人系譜―」(中部ぺん第20号)も奈良時代を舞台とする歴史小説。橘三千代・光明皇后・称徳天皇三代の物語。とりわけ宮廷だけでなく実家の発展を考える三千代の人生哲学が興味深い。三千代がやや饒舌な感じもするが、歴史をよく調べて独自の見解を盛り込んでいる。道鏡に対する称徳天皇の思い(特に晩年)は、又違う角度で眺めることもできると思うが……。ともあれ読ませる作品である。
 川高保秀の歴史時代小説「盗人三態」(呼第4号)が軽快なテンポで、めっぽう面白い作品を作り得ている。「三態」とは市兵衛・次郎・三吉という三人の盗賊の姿を示す。舞台は応仁から寛正という戦乱と貧窮で荒廃に荒廃を重ねた京の都。身を売って生きる哀れな女人も登場する。そうした中で柳酒屋の主の妻となったが、忽然と姿を消した登巳と自分の気持ちを伝えるべく柳酒屋に押し入り、死罪となる市兵衛の姿が哀しい。歴史時代小説という表現をしたのは、時代小説の形式でありながら、足利義政や日野富子、今参りの局など歴史上の人物を配置しているため。室町期の淫靡な生態もよく描かれている。
 小形夏世の「夢判断」(水晶群第65号)は、歌人藤原定家の夢判断と出世願望を綴る。定家は自分の願望を赤裸々に吐露した歌人であるが、念願の中将に任じられてもどうということもなかったことなど、『今昔物語集』や芥川龍之介の藤原利仁と五位の〈芋粥〉を連想させる向きもあるが、人間とはこうしたものだということを考えさせられる。
 吉田洋三の「吾作」(播火第88号)に感動した。要領は悪いが、心の美しい吾作と座敷童女との結婚をファンタジックに描く。家にいる神様の俗物的な姿も示される。『遠野物語』の世界を想起させ、楽しく、心が温まる。ドラマ化したい作品だ。
 村田凛の「震える手」(回転木馬第23号)は父の死前後の状況を綴る。「震える掌」とは、臨終近い父の震える掌。父は震える掌で自分の咳に菌があるのでは……、と思い、娘たちが吸い込むのを恐れて口元を覆う。死を前にした九十歳の父の優しさ、同じく娘の優しさが読む者の胸を打つ。
 高山順子の「霊能者」(法螺第68号)は、霊能者と称する女の不気味さと共に、霊能者から儲け話を持ち掛けられて、拒否しながらもやはり気になる図書館員主婦の心裡がよく表現されている。
 平山洋の「いじめの風景」(風第15号)は、いじめを受けた秋月の中学時代とその後を綴る。秋月は親の転勤で関西の学校に転校したが、それでもいじめの後遺症を引きずっていた。秋月はいじめにあっているさなか、自分に声を掛けてきた級友遠山の優しさに救われる。そうして十余年の歳月が流れてふたりは再会する。「キモイ」「ウザイ」「シカト」という言葉も出てくる。作中、いじめは学級制度、閉鎖空間に問題がある、という説は傾聴に価する。
 エッセイでは、小川悦子の連載「『杏花村』(2)―真鍋呉夫先生の思い出―」(新現実第117号)が俳人・小説家真鍋呉夫の文学と人となりを記す回想。真鍋と林富士馬とが対照をなす形で展開し、真鍋に対する敬愛の念が滲み出る。上原和恵の「宮地嘉六と佐賀との関係」(詩誌「扉」別冊文芸特集二〇一三・六月号)は、労働者文学の祖と称された宮地嘉六と佐賀との関係や、戦後、東京の焼け跡の壕舎に住んでいた地を訪ねたおりの感懐を綴る。佐賀には時が流れても古賀残星といい、草市潤といい、宮地嘉六を敬慕する人が常に存在するようだ。「MOKUTO」第2号が大衆文学作家小山龍太郎の特集を組み、小山の詩や随筆、川越純の年譜、郡順史らの回想を掲載。小山の一面を知る貴重な資料。
 短歌では、高松秀明の「戦ひの日々のごとくに老いの身の置きどころなき国に横たふ」(歌と観照第934号)という諦念の淵を彷徨う歌が辛く、高橋きわの「姉の逝く」と題する「亡き姉の納骨今日を一人病みすべなきままに両掌を合す」(鼓笛第2号)が悲痛。
 詩では、中野完二の「へびの耳」と「テングキノボリヘビ」(飛火第44号)が読ませる詩。前詩は蛇の耳に対する疑問から始まり、「耳」にまつわる事柄を綴る。後詩は芭蕉がテングキノボリヘビを見たら「どんな句を作るだろうか」など、飄逸味溢れる発想に脱帽。
 「大衆文藝ムジカ」が創刊された。同人諸氏の健筆を期待する。「AMAZON」第460号が西川正明、「詩遊」第39号がみやさかとう子の追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)

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