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評者◆熊谷隆章(七五書店)
生きることを高らかに謳う
三月
大島真寿美
No.3128 ・ 2013年09月28日




◆その名前は「地元の作家」として以前から耳にしていた。しかし、元々女性作家の小説をあまり読んでこなかったこともあり、なかなか本を手にとるには至らなかった。初めてきちんと読んだのは、のちに2012年本屋大賞で3位となる『ピエタ』(ポプラ社)である。この小説に惹きつけられた私は、既刊を追い、新刊を心待ちにし、自店の売場に専用のコーナーを作ることになる。
 大島真寿美さんの1年ぶりの新刊『三月』(光文社)は、アラフォー女性6人を短篇の主役に据えた連作。大島さんの小説には、大人の女性を描いたものが多い。TVドラマ化された『虹色天気雨』『ビターシュガー』(ともに小学館文庫)や、先に名前を挙げた『ピエタ』、そして『戦友の恋』(角川文庫)など、他にもいくつかある。
 『三月』の主人公たちは短大の同級生どうしである。そのころ一緒になって遊んでいた仲間たちの中に、森川雄士という男性がいた。彼は、主人公たちが卒業してしばらく経ったころ、謎めいたかたちで亡くなってしまう。物語は、その死が思い出されるところから始まる。
 会話や物思いの中で、森川雄士についての記憶が紐解かれていく。それをきっかけにして明らかになるのは、森川雄士というひとのことだけではなく、女性たちそれぞれが過ごしてきた時間である。しがらみが少なく無邪気で楽しかったあのころと、親や子供、仕事のことで悩みが尽きず、少しくたびれた現在。およそ20年の間に得たものがある一方で、失ったもの、失いかけているものも鮮明に見えてくる。日常は、何気なく過ぎていくように見えて、実は相当に重みのあるものなのだ。
 そう気づいたなら、卒業以来、遠くに離れてしまった間柄が、あらためて交わり、繋がろうとしていることに特別なものを感じたとしても不思議ではない。ちょっと踏み出してみようかという気持ちも芽生えるだろう。そういった答えを出すまでの心の動きが自然に描かれていて、一つ一つの短篇としても、読後感がとてもいい。
 そして、この小説の巧みなところは、すべての短篇の背後に流れていく時間の描写である。具体的な表現はあまり多くないのだが、読み進めていると、ある時点で物語が向かっている先が見えてくる。そうか、それを描くのか、と思わず背筋が伸びる。そこからは一気に読み終えてしまう。
 森川雄士については明かされない部分も多く、謎は謎として残る。大島さんの小説では何かが謎のまま残る、ということも珍しくないのだが、そこから少し踏み込んだのが『ピエタ』であった。18世紀のヴェネツィアを舞台にするなど、他と比べると異質なところのある小説だが、生きることの喜びと祝福に満ちた傑作である。
 その『ピエタ』と同様に、『三月』も生きることを高らかに謳う。忘れがたい喪失を振り切って、あるいは抱えたままで。たとえ夜が長くても、朝はいずれ必ずやってくる。しかし、昨日から今日、今日から明日へと続いていく日常は、自分がその中にいてこそのものであって、要するに自分次第なのだ。
 誠実でありたい、懸命でありたい、と強く思う。







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