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評者◆ぽんきち
歴史の現場に潜行する
HHhH――プラハ、1942年
ローラン・ビネ著、高橋啓訳
No.3128 ・ 2013年09月28日




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◆選評:レビュアーのぽんきちさんは二度目の掲載。前回お目にかかった時よりもさらに筆舌が冴えわたって、比喩表現や客観的視点にも磨きがかかっているようです。細部の見解から構成の安定感まで、頼もしささえ感じます。三度目の掲載をできる時が今から楽しみです。
次選レビュアー:〈Kuraraさん『英国メイド マーガレットの回想』(河出書房新社)〉、あずまさん〈『父さんの会社が倒産した』(ルックナゥ)〉

チェコ・プラハで1942年におきたラインハルト・ハイドリヒ暗殺事件を主題にした1冊である。ハイドリヒはナチスの将校であり、その冷酷さから「金髪の野獣」と呼ばれ、またホロコーストの推進者としても知られる。
 タイトルの「HHhH」とは、「Himmlers Hirn heiβt Heydrich(ヒムラーの頭脳、すなわちハイドリヒ)」を表す。ヒムラーの意向に添ってハイドリヒが実に有能に働いていることを、ゲーリングが揶揄したひと言だという。ハイドリヒは上司ヒムラーに忠実であったが、心服していたわけではないようだ(著者は、本書のタイトルとしては、ハイドリヒ暗殺作戦の暗号名であった「類人猿〔エンスラポイド〕作戦」をあてたかったと述べている。なぜ「HHhH」になったのかはわからない)。
 ハイドリヒ暗殺を主題に据え、主人公は暗殺に携わったチェコ人クビシュとスロヴァキア人ガブチークと言ってよいのだろうが、本書の主眼はむしろ、この暗殺事件をどのように描くかの葛藤である。史実をもとに実在の人物を誠実に描くにはどうすればよいのか、著者の内面における戦いの記録と言ってもよい。
 著者は事実に反したこと、史実で語られている以上のことを想像で書くことを拒んでいる。ハイドリヒ周辺、暗殺者周辺、そして執筆にあたっている著者自身の描写が短い章立てで場面転換される。著者は史料を丹念にあたりながら、この場面は確かにあったと思われる、いや、これは書きすぎだろう、と呻吟しつつ、重い筆を進めていく。小説のスタイルをとりながら小説ではない、さりとてノンフィクションとも言いにくい。基礎小説と著者は呼んでいる。
 初めはいささか偏執的とも思える著者の「誠実さ」に辟易すらしながら、物語が進行するにつれ、いつしかプラハに、1942年に連れて行かれるのである。それはさながら潜水艇に乗り、徐々に歴史のその場に潜行していくようだ。操縦するのは著者、読者は乗員。どこへ連れて行くかは著者次第だが、操縦士である著者もまた、その現場に実際に触れることも、そこに参加することもできない。できるだけ近くに行こうとはするが、入り込むことのできない、そして結末を変えることができないもどかしさが最後まで残る。歴史上の人物たちに好意や怒りを抱けば抱くほど、そのもどかしさは募っていく。
 圧巻はやはり、暗殺者たちが立てこもった教会の襲撃場面だろう。負けることがわかっていながら絶望的な闘争を続ける実行グループの描写は忘れえないシーンである。その他にも、暗殺事件の報復行為で全滅させられた村、実行グループを匿ったために拷問を受けたり、自決したりした人々、暗殺事件以前にドイツチームと戦って大勝してしまったが故に命を落とすことになったサッカー選手たちなど、短く触れられる中にも心に残る描写が多い。
 ナチスを扱った著作は数多い。邦訳のないものも含めれば途轍もない数になりそうだ。ホロコーストを扱ったものに関しては、折りに触れて読んできたつもりだったが、本書を読んでいて、(副次的ではあるが)自分の読みの浅さや本の探し方の半端さに思い至ることになった。膨大な悲劇をどこまで咀嚼しきれるのか相変わらず心許ないのだが、この本で得たものも道しるべの一つにしながら、また折に触れ、読んでいきたいと思う。
 そう、著者も最後に語っているとおり、この種の話に終わりはないのだ。







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