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評者◆内堀弘
耽奇日録(193)中川六平さんのこと 古本屋三部作を作った編集者の訃報
No.3127 ・ 2013年09月21日




◆某月某日。編集者の中川六平さんが亡くなった。みんな「六さん」と呼んだ。いつだって首に手ぬぐいをまいて「ヤアヤア」と現れる気さくな人だった。
 十五年ほど前、晶文社にいた六さんは『古本屋月の輪書林』(高橋徹)、『石神井書林日録』(内堀弘)、『彷書月刊編集長』(田村治芳)の三冊を作った。本人はこれを古本屋三部作と呼んでいた。ブログもツイッターもない時代だ。ベテランでも老舗でもない古本屋が、その日々を書くなんて初めてのことだった。中でも『古本屋月の輪書林』は評判も良くて、それからも若い古本屋のバイブルのようになった。それを「オレの勘だよ、勘」、つまり「自分は勘がいい」と得意そうに話したものだった。たしかに、六さんから勘をとるとたくさんのものは残らない。でも、それは古本屋という仕事も同じだった。
 山口昌男さんが「六平はハラッパ的編集者」と言ったことがある。ハラッパではその時々でメンバーも変わればルールも変わる、恒久的でなく全てが仮設的なのだと。
 この二月、六さんは八年ぶりに晶文社に復帰した。そして私の書いたものを一冊にしようと声をかけてくれた。それが六さんの「勘」なのか、とりあえず手短なところで何かしようとしていたのか、私は少し戸惑った。なにしろ「ハラッパ的」なのだ。
 『古本の時間』というこの本に、なにか為になることが書いてあるわけでもない。古本屋に過ぎた十年の日々を一束にしただけだ。でも、「たいしたことのない」日々を、本当に愛おしむ人だった。それが少しずつ形になっていくと、「ハラッパ的」という意味が私にもわかるような気がした。
 校了の日、神保町の喫茶店で会うと「昨日病院に行ったら、オレ癌だって」と六さんが言った。それから、あっという間の夏が過ぎた。
 八月の末に出来上がった見本刷を、六さんは病室で読んだ。「大丈夫。面白いよ。オレ勘がいいんだから」そう言って笑った。九月四日、配本。東京堂書店で平積みになった写真を病室で見て、その晩、眠ったまま逝った。
 翌日、東京は朝から土砂降りだった。鬱陶しい空が、でも午後には嘘のように晴れて、また強い日射しが戻った。この夏も、嘘ならよかった。







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