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評者◆秋竜山
連載第1212回 怖いものみたさ、の巻
No.3127 ・ 2013年09月21日




◆怖いもの見たさ。その筆頭は、うしろを振り返るということか。怖いから振り返るまいと思いつつも、つい振り返ってしまうものである。そんな経験、誰にでもあるだろう。中野京子『怖い絵』(角川文庫、本体六六〇円)を手にとる。
 〈怖い絵について書こうと思ったきっかけの一つは、マリー・アントワネットだった。正確に言えば、アントワネットを描いたダウィッドのスケッチだった。髪を刈り上げられ、後ろ手に縛られ、荷車に乗せられて断頭台へひかれてゆく、元〈ロココの女王〉の愕然とするような姿。(略)〉(本書より)
 このスケッチ画に描かれてある人物がアントワネットであることがわからなかった場合、ちっとも怖い絵とは思わないだろう。もし、思った人がいたら、聞いてみたい。「このスケッチ画のどこが怖いのですか?」。怖がるのはどうかしているとしか思えない。ただの誰かが描いたスケッチ画としかとらえることができないだろう。ところが、あの有名なマリー・アントワネットと知らされたとき、怖い絵に変貌してしまうのである(そのこと自体が怖いと同じに恐ろしい)。そーいうことが絵というもののもつ怖さというものか。ある意味をもったとたん怖さがうまれる。
 〈ある種の「悪」が燦然たる魅力を放つように、恐怖にも抗いがたい吸引力があって、人は安全な場所から恐怖を垣間見たい、恐怖を楽しみたい、というどうしようもない欲求を持ってしまう。これは奇妙でも何でもなく、死の恐怖を感じるときほど生きる実感を得られる瞬間はない、という人間存在の皮肉な有りようからきている。〉(本書より)
 恐怖とは生きている証拠なのか。そして、著者のいう、〈魅惑的な「怖い絵」〉ということだ。本書には22の怖い絵があり、素晴らしい著者の説明文がある。それを読むことによって、とたんに怖い絵となるところが面白い。〈ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」〉という名画がある。なぜ、このようなザンコクな絵があるのか。
 〈漆黒の闇を背景に、裸の巨人が我が子をむさぼり喰っている。(略)子どもはすでに頭部も右腕も食いちぎられ、血まみれている。(略)何と恐ろしい絵だろう。〉(本書より)
 こーいう絵も芸術作品であるから、ゾクゾクしながらたのしめるというのか。ルーベンス「我が子を喰らうサトゥルヌス」という作品も同じく本書にのっている。
 〈さすがルーベンス、リアルで鬼気迫る情景を練達の筆で描ききり、その「うまさ」に感嘆せずにはいられない。しかもこれはこれで十分怖い。ただし怖いとはいっても、肌を這うほんものの恐怖とは違い、舞台上で演じられる劇を見るのに似て、決して観客にまで襲いかかってくる心配はないとどこかで安心していられる。神話中の戦慄すべきエピソード、古典的に優雅に表現された、いわば美的な恐怖を鑑賞できる。〉(本書より)
 サテ、ゴヤとルーベンス。どちらか一つをとるとしたら、「さあ、どっち」。
 〈おそらくゴヤはルーベンス作品を意識して、こういう形にしたのであろう。〉(本書より)
 夢にみて、うなされたくないのはゴヤの作品だろう。いくら怖いものみたさとはいえ、悪いものをみてしまったと思えてくる。一度みてしまったら、みなかったことにしようとなんて、そんな虫のいいことはできない。







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