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評者◆紀伊國屋書店新宿本店(東京都新宿区)伊藤稔
素晴らしきこの世界
惑星9の休日
町田洋
No.3126 ・ 2013年09月14日




◆「私たちはなぜ本を読むのか」。
 その問いについて考えるときに私はレヴィナスを思い出す。レヴィナスは「何のために生きるのか」を問うた哲学者であるが、それは贅沢な悩みだとしている。今を生きるしかない飢餓に迫られている人々がそのことを問うだろうか、否である、として。それでもなお彼らが苦しんでいるのになぜ我々が生きるのか、あるいは先立つものに対してなぜ生き残ってしまったのかについて考えることに駆り立てられている私たちは、もっと生きる意味について考えなければならないとして、「何のために生きるのか」を問うのである。本もきっと読まなくとも生きていける。高級ではないが嗜好品である。そう考えるとなぜ読むのだろうか。
 歴史学者の井上寿一さんが、スティーヴン・キングの著書『書くことについて』(小学館)を読まれ、文章を「テレパシーである」としていることから、読書とは「読み手と書き手のテレパシーの交感」ではないか、と考察されている記事が日本経済新聞に掲載されていた(「半歩遅れの読書術」欄、二〇一三年八月十一日付)。
 なるほど、本を読むことは確かに「テレパシーの交感」=著者との心の対話なのだと考えられる。それは著者の目を通した世界や、描いた人物、風景、空気、あるいは撮影した写真、作成したオブジェ、建築物、物語を自分の想像する世界に混入させることで、対話をしているのである。そしてその本を通じて自分の世界観はグイっと引っ張られるように広げられる。世界観とは、他者や、異なった文化、世界に対する想像力、空想力のことである。そしてそれは幻想的で曖昧で、しかし本人にとってはとても大切で確かなものなのかもしれない。
 そんな話をしていると「現実を見よ」とお叱りを受けるかもしれない。しかし例え実際にその場所に行かずとも、ノンフィクション作家はその場所の情報や現実を調査、整理し、まざまざと見せつけてくれるのである。また自分では感じ取れないようなものを教えてくれるかもしれない。もちろん自分でしか感じ取れないものもあるとは考えられるが。
 ノンフィクションもまた著者の目を通した物語との対話であるのならば、実際に見たものより確かな想像になりうるのかもしれない。それはノンフィクションではないが、「二十億光年の孤独」の中での谷川俊太郎さんのこんな表現にも通じる。
「(略)火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているのか)
しかしときどきは地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ」(『谷川俊太郎詩選集1』【集英社】)
 想像の中では火星人が仲間を欲しがることは「たしかなこと」なのである。想像というものが「不確か」であるのに「たしか」なのである。
 さて本書は地球とは異なった惑星9という星に住む人々を描いたコミックである。彼ら、彼女らは私たちと同じように、想像し、思いを馳せ、あるいはアイスを食べ、ささやかに暮らしている。そこには日が当たらないために永久影という状態になり凍りついた町や、大量の映画フィルムを保管した倉庫、空に浮かんだふたつの月や、海やガスタンクなど色々な風景が登場する。そんな世界を描いたさっぱりとした物語である。
 私は本書を読んだことで確かに離れていく片方の月に住む粘菌を好きになり、あるいは倉庫で働く映画好きのお爺さんと会いたくなっている。それは想像にすぎない。空想であり、ファンタジーである。しかしそれは世界観の幅を広げ、現実をより豊かで、素敵なものにするのだ。
 「私たちはなぜ本を読むのか」。本を売ることで生きている私は、その問いに曖昧ながらも答えたい。それはきっと「世界観が広がり、現実をより美しく見ることができるようになるからなのではないか」と。
 最後に、約半年という長い間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。自分勝手な選書ながら、少しでも気になるものがございましたら幸いです。そして皆様が読書を通じて、この世界を色とりどりの素晴らしいものに感じるようになることを心よりお祈りして、筆を擱きます。







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