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評者◆殿島三紀
パリで出会った3つの世界 監督カトリーヌ・コルシニ『黒いスーツを着た男』
No.3125 ・ 2013年09月07日




▼『マジック・マイク』『楽園からの旅人』『タイピスト!』『トラブゾン狂騒曲』『黒いスーツを着た男』等を観た。夏休みとあっておもしろい映画が多く、どれを一推しにすべきか悩ましい。
 『マジック・マイク』。スティーヴン・ソダーバーグ監督作品。男性ストリップの映画である。主演のチャニング・テイタムがデビュー前、ストリップ・ダンサーをしていたことに監督が興味を持ち映画化。監督ならずとも興味津々な経歴かも。エルマンノ・オルミ監督作品『楽園からの旅人』。御歳82歳の巨匠が自身最後の劇映画と宣言した『ポー川のひかり』から5年、前言を翻し、再び世に問うた劇映画。神との関わりは前作よりも更に強い。なにが彼をこうさせたか。レジス・ロワンサル監督作品『タイピスト!』。タイプ早打ち世界選手権をめざすローザを特訓する鬼コーチ、『マイ・フェア・レディ』を彷彿させるキュートなラブコメ。楽しい映画だ。『トラブゾン狂騒曲』。ドイツ在住のトルコ移民2世であるファティ・アキン監督が父祖の地であるトルコの村に建設されたゴミ処理場をめぐる顛末を描いたドキュメンタリー。これまでの作品とはかなり違う風合いだ。
 今回ご紹介するのは『黒いスーツを着た男』。原題は“Trois Mondes”(3つの世界)。非常に古典的な問題を描いた映画。解決が難しいから古典的なのか。いつの時代にも問いかけられる普遍的な問題である。
 主人公は、自身が勤務する自動車ディーラーの社長令嬢と10日後に結婚する営業マン。修理工から叩き上げ、ようやく手にした幸運である。だが「人生は最高さ!」とばかり少し羽目を外し過ぎた。酔っ払って交通事故を起こし、同乗する友人に言われるまま、倒れた男をそのままに逃亡。そのひき逃げされた男はモルドヴァからの不法移民であり、さらには一部始終を目撃した女もいた、という展開の中、原題にある3つの世界の意味するところが見えてくる。主人公が属している企業倫理最優先の世界。目撃者が属している市民としての良識が生きる世界。そして、ひき逃げされた男の妻が生きる不法移民という陰の世界――。
 監督と脚本を担当したのはカトリーヌ・コルシニ。これまで女性を主人公にした作品を数多くつくってきた彼女、本作で初めて男性を主人公にした。主演はラファエル・ペルソナ。最優秀男優に与えられるパトリック・ドベール賞も受賞し、「アラン・ドロンの再来」ともいわれるフランス映画界のニュースター、32歳。確かに、面差しが若い頃のドロンによく似ている。脇を固める俳優陣も良い味を出している。とりわけ不法移民の妻を演じたアルタ・ドブロシが良かった。ダルデンヌ兄弟監督の『ロルナの祈り』で主役を演じた女優だが、モルドヴァ共和国からの追い詰められた不法移民の妻を好演した。
 ちなみに、モルドヴァ共和国はルーマニアとウクライナに挟まれた小国。旧ソ連時代の民族自治共和国のひとつで旧ソ連を構成した15共和国の内、唯一ラテン系民族の国だ。ヨーロッパでも最貧国といわれ、さらには政治的な混乱にもさらされ、多くの人が亡命や国外脱出を余儀なくされている。
 そのモルドヴァ人の妻が、亡くなった夫の臓器提供を要請する医師たちに対して、「いやだわ! 無償で提供することなどできない」と激しく喰ってかかる。彼らは「臓器売買は非人道的であり、ご主人の臓器の無償提供によって多くの人を助けることができます……」と口ごもりながら応えることしかできない。退路のない妻の心からの叫びに対し、西側社会の人道的見解のいかに無力なことか。頭を思いっきり殴られるような印象的なシーンだ。難民や移民はもはや問題というより日常そのものになっているのではないか。
(フリーライター)
※『黒いスーツを着た男』は、8月31日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷にて、10月19日(土)より名古屋シネマテークにて公開。

【お詫び】
9月11日までこのウエブサイトの公開表記が間違っていました。訂正いたします。
(誤)「8月31日(金)よりシネマスコーレ他全国順次ロードショー。
(正)「8月31日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷にて公開」
   「10月19日(土)より名古屋シネマテークにて公開」

関係者、ならびに読者の方へ深くお詫び申し上げます。









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