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評者◆蜜蜂いづる
心の中に種を蒔くように詩を読む
今を生きるための現代詩
渡邊十絲子
No.3124 ・ 2013年08月31日




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◆選評:今回の一本では、レビュアーの蜜蜂いづるさんが対象書籍を深く深く読み解き、心の底から著者の考えに共鳴して評を書かれていることがよく伝わります。蜜蜂いづるさんの文章もまた「平易そのものであって、こちらを突き放したようなところはどこにもない」。淡々と読ませてくれる力を持つレビューです。次選レビュアー:かもめ通信〈『ガラスの宮殿』(新潮社)〉、ぱせり〈『ふるさとは、夏』(福音館書店)〉

 その昔私は大学での講義だったか何かで「本棚に一冊でも詩集を持っていて欲しい」というようなことを言われた記憶がある。どのようにでも受け取れるような言葉だけれど、詩集というものがそれだけ特権的な存在であることは確かだろう。『本が好き!』に参加していても、私が知る限りでは詩集の類のレヴューというのは、少なくとも小説やノンフィクションに対するレヴューよりは確実に数が少ない。滅多に見られないといってもいいくらいだ。何故詩というもの、取り分け現代詩というものはこんなにマイナーになってしまったのだろう? それを問い直すところから渡邊十絲子氏は本書を始める。
 恐らく、人が詩と出会うのが国語教育の場であることが問題なのではないか、と渡邊氏は語る。国語教育で求められるのは、一方的に選ばれた詩を「よいもの」「美しいもの」として与えられ、そこからその詩を書いた作者の心情を読み取ることを要請される。そのようなこちこちの国語教育の中ではとても詩を楽しもうという気にはさせられない。そこに問題があるのではないのか、と。私自身この指摘を読んでいて、詩というものと国語の時間出会った時のことを思い出した。そこに書かれている「詩」というものは単なる言葉の羅列としか思えなかったのだ。詩を味わうということはもっと個人的なことである、と渡邊氏なら語るだろう。
 本書は渡邊氏がその折々に遭遇してきた詩について半自伝的に語るという構成を採っている。中学生の頃に出会った谷川俊太郎氏の詩に始まり、黒田喜夫、入沢康夫、安東次男、川田絢音、井坂洋子といった人々の詩が取り上げられていく。著者はここで、詩に絶対的な解釈があるという立場を採らない。読まれる詩の中には難解なものがあるだろう。「わからない」かもしれない。でもそれで構わない、と渡邊氏は語る。私なりの解釈を言えば、詩を読むことはさながら心の中に種を蒔くことに似ている。その心の種は成長するのに時間が掛かるかもしれない。発芽さえしないかもしれない。発芽したとしてもそこにどのように育てるかによって最終的に出来上がる樹木は他人のそれと違った形になるだろう。それでも構わない、と渡邊氏は語る。唯一解に到達する必要などないのだ、と。
 従って、その姿勢を持ちながら本書は読まれるべきである。本書では詩について多々引用され、それについて渡邊氏の解説が自伝的な思い出とともに施されていく。その詩の読み方には目を開かれることが多々あったのだけれど、しかしだからと言って渡邊氏の読解をそのまま鵜呑みにする必要はない。渡邊氏のガイドを参考にしながら、自分なりの詩の解釈について思考を発展させていくこと。それこそが本書を読む際に求められることである。
 現代詩は「わかりにくい」というイメージがあるかもしれない。確かに今流通している現代詩の書物を開くと、そこに書かれているのはこちらの読みを拒絶しているかのような難解な言い回しが主である。しかしすぐに物事を「わかり」たがる態度で詩に臨むというのは虚しい試みではあるだろう。自分の中にある「わかりにくい」を、上述した種のように大切に守り続けること。その「わかりにくい」はいずれ人生の中で様々な体験を経て「わかる」ものになるかもしれないという事実を体験すること。それが重要なのではないか。
 渡邊氏は語る。私たちは過去に起きた出来事を前提にして詩を読む傾向がある。教科書に載せられる詩は恐らくそうしたものである。雑駁に言ってしまえば自分自身の経験を詩が表現する経験と重ね合わせて読むべきものである、というように。しかしそういう読み方ばかりが詩の読み方ではない。未体験の(そしてこれからも経験することのないだろう)出来事を綴った詩と遭遇して圧倒させられること。それもまた詩との重要な遭遇の仕方なのではないのだろうか、と。
 私見ではこれは別段詩に留まった話ではないと思う。何でもかんでも「わかりやすい」ものがもてはやされる昨今、「わかりにくい」物事を「わかりにくい」まま保持し続けることは苦労の要ることだ。しかしそれを潜り抜けてある日突然分かったような気持ちになることは快い体験だ。そこにこそ作品を読む喜びがあるのではないか、と思うのだ。
 書かれている文章は平易そのものであって、こちらを突き放したようなところはどこにもない。だから、現代詩というものに興味が有る方なら手に取って見ることをお薦めしたい。ビギナーでも何でも構わない。詩というものが持つ膨らみの豊かさと暖かさ(あるいはぞっとするような冷たさ)を、丁寧に教えてくれる一冊だ。







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