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評者◆たかとう匡子
反詩のなかの私人像がさわやかな息づかいのうちに実現――野木京子の編集手腕をも評価したい「新井豊美、その不在を抱き寄せて」(『スーハ!』特集)
No.3123 ・ 2013年08月17日




 『スーハ!』第10号(よこしおんクラブ)が「新井豊美、その不在を抱き寄せて」を特集している。かつて私は私の詩集の栞を書いてもらったこともあり、いつも女性詩人として大きな目標の人であっただけにこれはいい特集だ。いいというのは、ひと味違って、同人雑誌の特性を生かしてしっかりした詩意識のもとに〈私たちの新井豊美さん〉が組まれているから。他にも読むべきところは多いが、新井豊美さんの長女きょう子さんに聞くという対談では娘から見たあたたかい母親像も浮き彫りにされているし、表紙になった若き日の母子像といい、反詩(日常の暮らし)のなかの私人像がさわやかな息づかいのうちに実現されている。また、うしろに「新井豊美書誌」もあるから、これは一級資料にもなり、私などにとっても貴重で有難い。ここではこういうレベルの高い、野木京子の編集手腕をも評価したい。
 『タクラマカン』第50号(タクラマカン文学同人会)は敗戦の四年後に神戸市外国語大学文芸部の学生たちが、当時神戸にいて外大の教官だった島尾敏雄の助言のもとに創刊した雑誌だ。その頃のメンバーがこんど「50号特集」を出した。私自身神戸在住ということで、多少の依怙贔屓もあるかもしれないが、普通の文壇雑誌には出てこないことも書かれていて、こういう誠実な生き延び方があることも紹介しておきたい。
 『佐賀文学』第30号(佐賀文学同人会)は「30号特集号」でなかなか分厚い雑誌だが、下川内遥「敗戦後の闇の中で」は、タイトルにもあるように、戦後68年経った今だからこそ見えてくる〈敗戦後〉の〈闇〉としか言いようのない記憶を語る。それにしても、そのころのことを体験風に語るとしたら、もう原体験者はいなくなる。今は息子や娘世代が親から聞き書きして書かないといけない時代に来ているが、そんな折も折、戦前、戦争を体験した人たちの、生身のこの原体験を書いたのは貴重だ。手法は手堅いタッチのリアリズムだが、作品構造から言えば、一章から十章までそれぞれ小さい話を重ねるようにして力をふりしぼって書いており、私はここにも敬意を表したい。ひとつ気になると言えば、会話文をせっかく佐賀弁で書きながら、そのあとに〈注〉扱いで共通語を入れていること。ここは自分の表現法として徹すべきだと思う。
 『文芸中部』第93号(文芸中部の会)本興寺更「摺師」はいわゆる大衆小説の手法。主人公の摺師が父親の地味な墨摺りを嫌って、ユニークな錦絵の色摺りに憧れ、家を飛び出したが、最後は父親のもとに帰るという人情話だが、山本周五郎を思わせる展開もあり、素材も面白く、なぜこれが同人誌に発表されたのか、商業雑誌に書いてもいいのではないかと感心した。江戸の風俗など細部も丁寧に書き込んでいて、いささかも遜色はない。堀井清「石を抱いて」も興味ぶかく読んだ。
 『白鴉』第27号(白鴉文学の会)丸黄うつぽ「青いぷにゅぷにゅ」は男が青いぷにゅぷにゅを生む話で、幻想小説、シュルレアリスム風の小説といってもいいが、グロテスクとかブラックユーモアが、ここでは魅力となっている。最終的にはそのグロテスクが新鮮かどうかで決まるだろう。私は散文詩として読んだが、面白かった。
 詩では『風鐸』第3号の大倉元「『屋』『や』」を面白く読んだ。日々の生活の実感をそのまま即物的にうたっていくが、なによりも生活を高い所、低い所から見るのではなく水平にみる作者の目の位置がいい。最近では大型のスーパーが多くなって「屋」とか「や」のつく小売店が少なくなっているが、そんな小さなお店にいるようなリアリティを感じさせる。生活実感をうたうというのは本当は並大抵ではない。そこをしっかりした生活詩に仕上げている。現代社会の批判もきちんと出ている。
 『ドードー』第17号(ドードー局)入江田吉仁「青空」は青空を書きながら、青空に地上を重ねていく。その青空によって地上が変わっていく影絵のような詩だ。「時刻は ここで動かなくて腐らない」とか、「平らかな空の床で はがねの軸がひとりでに押され」とか「時」の切断面を設けて、その一瞬の静止状態をとらえるなど、なかなかカッティングの効いた好詩である。
 最後に『山音文学』第123号(山音文学会)越澤和子「キリンが泣く」の俳句ひとつ。「草餅や左右にちち亡父とはは亡母がいて」私も父、母と永訣。そして自分自身も母親となり、二重写しになって、作者の思いがよくわかる。まことに興味ぶかい。
(詩人)







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