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評者◆秋竜山
生きる即、足、の巻
No.3122 ・ 2013年08月10日




 人間は足から、という。運動不足も足からだ。万歩計を腰にぶらさげて、歩く姿は、やっぱり足のためである。「オッ!! 今日は、一万歩も歩いた」と狂喜する。「五千歩か、まあ、ゆーことなしだ」「五百歩しか歩けなかった。これじゃあしょーがない」。足は、使わないと、おとろえるという。生きる即、足である。石川英輔『江戸人と歩く東海道五十三次』(新潮文庫、本体四〇〇円)で、私がもっとも興味深かったのは、〈終章、旅を支えた江戸の平穏〉の項目にある。〈現代との比較は禁物〉と、述べている。やっぱり足のことである。
 〈現在の電車や自動車による旅に比べれば、天国と地獄といっていいほどの違いだと思う。しかし、勘違いしてはいけないのは、昔の人にとっての旅とはそれが普通の状態であり、特別に辛いと感じていたわけではないということだ。〉(本書より)
 昔の人には、足からくる運動不足などというものがあっただろうか。現代病のすべての病気は、足からきているようにも思えてくる。足さえ使えば、あらゆる病気は治ってしまうとまでいわれる。いわれている本人も「その通りだ!!」と思う。やっぱり足をつかわなくてはいけない!! と、思う。思うだけである。思うことと実行することは別物であるようだ。
 〈公共交通機関が存在しなかった当時の旅は、どこへ行くにも自分の足で歩くのが基本だった。――自分の足だけを頼りにただひたすら歩いたのである。〉(本書より)
 現代人とて自分の足で歩くのが基本であるということはわかっている。わかっているけど、わかっていないのである。足は使うためにある。もしかすると、昔の人よりも足は使わなくてはいけないということがわかっているかもしれない。
 〈今の私たちにとっての旅は、どんな交通機関をどういう順で利用するかを決めて、乗車券なり航空券なりを買うところから始まる。もちろん、まったく歩かないわけではないが、移動する距離のほとんど全部は乗物の座席に座って外を眺めている。〉(本書より)
 つまり、昔の旅はいかに足を使わせるかだ。そして、現代の旅はいかに足を使わせないかである。やっぱり足問題である。旅行先のスケジュール表を見て、一時間でも歩行なんて書いてあると、「これは、どーいうことですか」なんて念をおしたりする。「なにかの間違いではないですか」なんて。「オイオイ、こんなに、歩かせる気なのか。俺たちをなんだと思っているんだ」なんてこともいったりする。それに比べると、実にハッキリしているのは、旅は自分の足で歩くしかないということだ。「馬鹿、歩かない旅がどこにある」と、始めっからわかっているのであった。現代人は「昔の人は不便だったんだろうねえ」なんていったりする。昔の当時の人は現代人のことなど知らないから、なんにもいわなかった。よく考えてみると、私が子供の頃は、自分の足がたよりであった。でも、現代人がいう便利というものを知らなかったから、不便だなどと一度も思ったり考えたりしなかった。それでも今、考えてみると、農業をやっていたあの頃は、大人たちはすべてを背にせおって畑へ運んだ。クルマなんてあるはずがなかった。そして、みんな足腰を痛めてしまった。畑にクルマ道ができて、クルマで運搬するようになった。農業で食べていける時代でもあった。今はどーか。農業なんかでは食べていけない。足を使わないことになってしまった。ヤレヤレ。







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