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評者◆殿島三紀 
パリのエストニア人――監督イルマル・ラーグ『クロワッサンで朝食を』
No.3120 ・ 2013年07月27日




 7月は『アンコール!!』『台湾アイデンティティー』『ひろしま~石内都・遺されたものたち』『ヒロシマナガサキ』『クロワッサンで朝食を』等を観た。
 『アンコール!!』はポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督作品。最近目立つ熟年夫婦が主人公の映画。酒井充子監督『台湾アイデンティティー』は『台湾人生』に続く第二弾。台湾の日本語世代を取材したドキュメンタリー作品だ。『ひろしま~石内都・遺されたものたち』(リンダ・ホーグランド監督)、『ヒロシマナガサキ』(スティーヴン・オカザキ監督)は、外国人監督の視点から広島・長崎をとらえ返した被爆ドキュメンタリーである。
 今回ご紹介するのは『クロワッサンで朝食を』。なんと御歳85歳のジャンヌ・モロー主演作。ここ数年、老人を主人公にした作品が多い。「またかよ」と思われる向きも多かろうが、彼女は別格だ。ルイ・マル、フランソワ・トリュフォー、オーソン・ウェルズ、ルイス・ブニュエル――。1950~60年代、映画史を綺羅星のように点綴する巨匠たちの名作を彩ってきたミューズなのだ。とはいえ、顔や首筋の皺は覆うべくもない。お腹も相当たっぷりしている。が、しかし、このシャネルの似合い方といったら! 彼女の存在感とオーラは未だ強烈だ。今回彼女が出演した『クロワッサンで朝食を』の監督はエストニア生まれの45歳、イルマル・ラーグ。本作が劇場長編映画初監督作であり、脚本も書いた。彼の母親が体験した実話に基づいた脚本である。この無名監督のオファーに大女優が応えたのも脚本に描かれた世界に惚れ込んだからだ。
 エストニア。今でこそ「eストニア」と呼ばれるIT大国だが、バルト海三国中、最も旧ソ連に隣接した国。その地理的位置から13世紀以来侵略が絶えない。ナチス・ドイツ、そして、ソ連。この国の独立はソ連が崩壊した1991年のことだ。
 さて、ジャンヌ・モロー扮するフリーダだが、彼女はソ連時代のエストニアから何かを求めてパリにやってきた女性という設定。今は年老い、パリ16区の高級アパルトマンに一人で暮らす偏屈な老女だ。その身の回りの世話をするために、母を看取ったばかりのエストニア人女性のアンヌがパリへやってくる。アンヌを呼んだのはフリーダの元恋人(ちなみに彼はフリーダの息子くらいの年齢だ)。フリーダはアンヌのつくる朝食に口もつけず、スーパーで買ったクロワッサンなどクロワッサンじゃない、と怒る。
 偏屈な老マダムに仕えるエストニアの田舎町からやってきた中年女性と聞くと、主従関係を背景にした人情ものを想像なさるのではないだろうか。そう、『ドライビングMissデイジー』(’89)のような。だが、イルマル・ラーグ監督の狙いは少し違うようだ。ステファンというマダムの元恋人も不思議な要として存在しつつ、フリーダとアンヌはとてもよい関係を結ぶ。故郷を離れたまま孤独に年老いた恋多き自由な女性。そして、母を見送り、子どもたちも独立した孤独な中年女性。二人は歳の離れた姉妹のように、あるいは友人のように心を通わせる。ま、よくある展開である。しかし、心が交わっても、昔の恋人であっても、故郷が同じであっても、人はいちように孤独だ。だが、ちょっと待ってほしい。孤独とはそんなにいけないものだろうか。みな人生の節目節目になにかを決断しながら、今ここにこうしている。クロワッサンにこだわり、夜のパリの独り歩きを楽しみ、元恋人に買ってもらったカフェを経営しながら、生きている。そのようにこれからも一人で生きていけばいい。人生とはさりげないこだわりの積み重ねなのだ。
 往年のヨーロッパ映画のようなどこかホッとさせてくれて静かな気持になれる映画だった。
(フリーライター)

※『クロワッサンで朝食を』は、7月20日(土)よりシネスイッチ銀座他全国順次公開。







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