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評者◆砂川昌広(元・宮脇書店西淀川店、大阪府大阪市)
どれほど目を見開いても見ることができない物語──宮内悠介著『ヨハネスブルグの天使たち』(本体1500円・早川書房)
No.3119 ・ 2013年07月20日




 文学賞の選評などで候補作となった小説を「リアルではない」と批判する言葉を見かけることがある。「人間が描けていない」「社会が描けていない」「女性が描けていない」。昔からとても不思議だなと思っている。現実を知りたければ目を開いて周りを見回せばいい。ゴロゴロと転がっている。
 本書は現在の世界と地続きの近未来を描いたSF連作短編集だ。終わることなき地域紛争や民族衝突の中で、絶望の淵を歩く人々を描く。表題作の「ヨハネスブルグの天使たち」は内戦が泥沼化した南アフリカで生きる戦災孤児の姿が描かれる。この国の民族対立は手のつけようのない状況に陥っていた。かつて日系企業が所有していた廃ビルに住む戦災孤児たち。このビルでは毎晩決まった時間に、幾千もの少女型ロボットが落ちてくる。品番はDX9。通称・歌姫と呼ばれるこのロボットは富裕層向けの玩具として日本企業によって開発されたものだ。耐久テストのため300回の落下試験を行うことになっているが、社員たちはそのプログラムを放置したまま国外退避してしまった。終わりなき耐久テストを繰り返し、ボロボロになっても壊れることなく、落下の衝撃を全身に受けながら動き続けるDX9の姿は、泥沼化した内戦のなかで命をすり減らしながら生きる戦災孤児の姿と重なる。
 「確かなものは一つ。現実としてそこにある苦痛。PP2713のすべての記憶は痛みとともにある。人間らしく振る舞うことを求められる彼女らに、自ら痛覚をオフすることは許されない。」
 この連作短編集では全ての物語にDX9が登場する。玩具としてシンプルに設計されたため改造の際の汎用性が高く、大量生産のため安価で購入でき、長期間の過酷な使用にも耐える日本製ならではの堅牢さで重用されるDX9。
 ニューヨークを舞台に9・11テロが再現される「ロワーサイドの幽霊たち」ではツインタワーの中をDX9が逃げ惑う。民族紛争で大量虐殺が起きたアフガンを描いた「ジャララバードの兵士たち」では無人兵器として改良されたDX9が主人公に襲いかかる。「ハドラマウトの道化たち」ではDX9がゲリラ組織のリーダーとして現れる。自爆テロを行う際に自らの人格をDX9に移したという彼に日系人の兵士が問う。「自爆攻撃なら、最初からDXにやらせればいい」。彼は少女ロボットの仕様である舌足らずな甘い声で答える。「それでは神に近づけない」。最後に収録されている「北東京の子供たち」では多くの移民を受け入れ混沌とした日本の団地で暮らす子供たちが主人公となる。ここでは人々がDX9にログインして現実社会から逃避する。
 ただ歌うことを目的につくられた玩具ロボット。その存在自体が人間とは何かという問いを私に投げかけてくる。絶望を前にして人間性を失っていく人々。ここにあるのは、ただ生き延びることだけが目的となる世界。そんな世界に生きる私たちの前で、DX9は絶望に目を閉じることなく、物語の中で歌い続けている。日本で人並みな暮らしをしている私に、この小説の世界がリアルかどうかわからない。けれど、今ここでどれほど目を見開いても見ることができない物語は、私の現実を激しく揺さぶる。







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