書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆秋竜山
なんといっても東京物語、の巻
No.3118 ・ 2013年07月13日




 笠智衆『小津安二郎先生の思い出』(朝日文庫、本体五〇〇)を、読む。笠智衆の文章が、映画に出ているまンまの本人の姿のようでいい。そして、笠智衆の眼を通した小津安二郎の姿である。
 〈小津組では、演技もすべて監督しだい。ですから、俳優同士が相談して演技を練るようなことはいっさいなく、監督対俳優の関係しか存在しません。少なくとも、僕はそうでした。(略)昭和二十二年の「長屋紳士録」という映画では、こんなこともありました。易者役の僕が、机の上の手相の図に、筆先でチョンチョンとツボを書き込む場面があったのです。これを正面からキャメラで撮っている。筆を使うと、当然、頭が下がるわけですが、先生は「顔はそのまま」とおっしゃる。僕が、「そりゃあちょっと不自然じゃないですか」と思いきって抗議してみたら、「笠さん、僕は、君の演技より映画の構図のほうが大事なんだよ」と、一蹴されてしまいました。〉(本書より)
 この一文で、小津監督の映画の姿勢のようなものがわかってくる。映画というものは、丸ごと監督のものであるもののようだ。
 〈よく、「笠さんにとっての、小津作品ベストワンは?」と聞かれることがあります。(略)やはり「東京物語」が一番でしょうか。〉(本書より)
 やっぱりなァ!! と、思う。誰もが、まず「東京物語」をあげるようだ。「小津監督といったら、東京物語でしょう」と、なる。小津作品のすべてを観ていても、この東京物語を観ていなかったら、お話にならないくらいだ。人それぞれの好みの問題とするところで、「晩春」や「麦秋」がいい!! なんていう人もいる。小津調の映画の雰囲気がそっくり残っているということで、知人一緒に夕暮れの銀座七丁目あたりをふらついて、帰りにそれらしきもっとも雰囲気のあるラーメン屋へ入ってラーメンを食べて帰ったことを思い出す。「東京物語」では、私としては、あの熱海温泉の海岸の堤防に腰掛けている場面だろう。熱海は伊豆の地元ということもあり、馴染みの場所でもある。ところが、あの場所が開発されてなくなってしまった。もしかすると、熱海にとって一番価値あった場所か(映画ファンにとっての話だが)。時代のせいにしたがるものである。あの場所がなくなってしまってから、今でもそこへ行くと思い出してしまう(若い人にとっては、なんとも感じないだろうねえ)。
 〈僕はあの時、四十九歳。もうそこそこの年寄りですが、役では七十歳ぐらい。これもフケ役になります。洋服を着ている時はメイクと演技でなんとかなるんですが、浴衣を着て堤防に座ると、どうしても七十には見えん。背中のあたりがシャンとして、若さが出てしまうんです。そこで、僕は衣装さんと相談して、浴衣と背中の間に、座布団を入れることにしました。そうすると、背中が丸まって、年寄りになるんです。〉(本書より)
 座布団を背中に入れて丸まった格好をさせるのも芸のうちだろう。そして、いくら背中を丸めたからといって年寄りにみえないことだってある。相手役の東山千栄子の太った背中もなつかしい。もしかすると、東山千栄子のあの体型によって「東京物語」は成り立っているのかも知れない、なんて思えてもくるものだ。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約