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評者◆パルナ書房・久野敦史
京都の有名書店はなぜ閉店に追い込まれたのか──書店の永遠のテーマ「棚と経営」を考える
No.3117 ・ 2013年07月06日




第3部 棚への執着と書店経営
 4月25日に店舗を閉めた、時代小説のパルナ書房。その約2週間前に敦史氏に閉店を決意した理由を聞いた。「棚づくりをして、POPも色々工夫して書いた。出版社等の業界人からは『良い売り場』と評価もされた。偉そうな言い方だが、時代小説に関しては、他の書店の社長に頼まれて売り場をテコ入れしたり、出版社に売り方を指南するまでにもなった。そこまでやっても駄目なのか。それ以外、一体何をやったらいいのか」。いきなり、留めようのない疑問や困惑といった感情が溢れ出した。
 続けざま、「パルナ書房の最大のポイントは街の本屋でありながら、新刊・ベストセラーがきちんと揃っていたことだ。版元に棚づくりをアピールして、個人的に信頼関係を築いて、新刊発売前に注文書を送ってもらえるようになった。配本ランクを上げてほしいと言っても『実績で』と返す出版社も中にはある。実績ではどうにもならないから、POPを付けて販売している売り場写真を出版社に送ってアピールしているのだが……。もう、こんなふうに新刊を追求していく仕事に疲れてしまった。怒濤のような新刊ラッシュの中、売れ筋の発見・仕入と死筋の抜き取りといった情報処理に追われる毎日。サービス残業までして、休みなく働いて……、本当に疲れてしまった。だが、ほかにもやりようがあったのではないか、と今でも迷っている」。
 「街の本屋」とよばれる個人資本の書店の経営環境は、時代の流れとともに厳しさを増している。最初の試練がコンビニエンスストア(CVS)の出現、その次がインターネットの普及などによる雑誌の低迷、大型店・競合店の出店による商圏変化――これらが「街の本屋」を苦しめた外的要因の代表だろう。中小書店の売上構成比の半分以上、多いところでは7割を占めるという雑誌。「街の本屋」の主食が、CVSとインターネットによって食われてしまった。年間800~900店のペースで廃業している書店の多くは100坪未満の「街の本屋」である。中には、薄暗くて新刊・ベストセラーもなく、棚づくりもしていない店、または外商や教科書に注力して生き残りを図ろうとした店もあっただろう。だが、パルナ書房はそうした書店とは一線を画し、棚づくりで「街の本屋」を再生しようと試みた一つの事例である。
 元々、パルナ書房も雑誌衰退の波に呑み込まれていった「街の本屋」である。2000年初頭に6割の売上構成比だった雑誌が、08年には45%にまで下落した。この減少分をカバーしようと、04年からテーマ別、文脈棚の編集による「文庫」や書籍の増売に取り組んだ。07年からは時代小説に特化した棚づくりに移行。近隣スーパーの開店による客数増という追い風もあり、04~06年の3年間はプラス成長を果たし、歴史棚・文脈棚が軌道に乗ったかに見えた。
 しかし、07年から売上高が落ちていく。書店業界そのものがマイナス基調という状況ではあったが、CVSの出店とネット普及による雑誌の衰退――に起因する売上減少という流れに歯止めをかけることはできなかった。「文庫だけで見れば、前年同月比で60%を超えることもあったが、文庫の売上シェアは10%程度。文庫も含む書籍全体でもシェアは25%。個別には成果はあったが、店全体では小さな結果となってしまった。店全体で大きな成果を上げるには、駅前書店のセオリー通りに雑誌の次にシェアが高く、売上も良かったコミックスをさらに伸ばす必要があったと当時から認識してはいたが……」。
 コミックスを担当していたのは家族従業員の実妹だった。「新刊・ベストセラーの補充については個人店としては十分健闘していたし、お客さんから『コミックのことは何でも知っていますね』と言われているのを何度も聞いた」と敦史氏はコミック担当者としては評価している。そのうえで、時代小説で成功した手法をコミックスにも活かすように話をし、コミックス販売で有名な書店員にも引き合わせた。しかし、POPの飾りつけや提案型の棚づくりはせず、新刊・ベストセラーの補充に尽力するスタイルを変えなかった。それは従来の手法で売上を堅調に伸ばしていたという自負からくるものだったのかもしれない。結局、提案型の売り場をつくらないままコミック売り場を拡張しても、さほど効果が見込めないと判断、コミック拡大計画は断念した。
 家族同士の確執もあるのだろうが、二人は対照的すぎたのだろう。歴史棚や時代小説棚に固執し、その棚づくりに繋がらない商品を外そうとする敦史氏に対し、実妹はDPEサービスや競馬新聞の販売、「ニッセンのカタログ」などのフリーペーパーの設置など全顧客の要望に対応したいと考えていた。「家族経営の問題ともいえる。家族が反対すれば、売場ひとつ変えられない。時代小説で成功した後に移転する考えもあったが、実妹ら家族の反対で出店できなかった。パルナ書房には実質二人の店長がいるようなものだった。妹は従来の金太郎飴書店に加えて全方位的に客のニーズに応えていく店、私はパルナ書房でしかできない棚づくりとそれを支持してくださるお客さんとの双方の共感から生まれる地域の文化空間をつくりたかった。二人の考える本屋がまったく異なっていた。そのため、コミックスという大きなシェアと伸びしろのあるジャンルを伸ばす戦略を取れず、私は時代小説という職人的技、戦術にこだわってしまった。結果、パルナ書房は引き裂かれることになった」。
 こうした対照的な二人が経営する書店を地域の人たちはどう捉えていたのだろうか。「閉店を告知してから、お客さんと話をする機会が多くなった。色々話をしていると、お客さんはパルナ書房が時代小説に強い店とはあまり認識していなかった」という。出版業界では知られていた「時代小説のパルナ書房」という看板は、地域の人たちにはあまり認知されていなかったようだ。敦史氏は「二人の店のあり方に違いがあったことも大きいのでは」とその理由を考える。
 10年10月に競合店が出店するまで、売上は落ちていたが、即座に閉店する状況ではなかった。精魂込めてつくり上げた「時代小説」棚の売上も悪くなかった。「結局、書き下ろしの時代小説文庫を購入する客は、時代小説しか購入しなかった。他の歴史棚や提案棚には一切反応しない。そのため客単価は上がらず、売上の底上げはできなかった」。
 競合店の出店後、パルナ書房の来店客数がどんどん減っていく。棚づくりで提案をしても、客が来店しなくてはその手応えも分からない。時代小説の棚は「書き下ろしの時代小説文庫は新刊しか売れないので、結局は競合書店との新刊品揃え競争をしなければならなかった。独自棚を創設してかえって新刊競争を継続することになった」と皮肉な結果を招いた。
 敦史氏が取り組み続けた「時代小説棚」「歴史棚」「提案型の棚づくり」とはパルナ書房という書店に何を与えたのだろうか。売り場としては業界人やマスコミなどが評価するように、他の書店よりも高いレベルのものができたといえるだろう。また、実績配本という流通の壁をこじ開けて小書店ながら新刊・ベストセラーを調達できたのも、敦史氏の現場ノウハウや出版社との人脈によるものといえる。
 しかし、こうした技術や経験、人脈をもってしてもパルナ書房の経営を支えることはできなかった。それは時代小説という棚の、久野敦史氏という個人の限界だったと考えられる。確かに敦史氏は店長として棚をつくることには成功した。だが、社長としてその棚を活用して店を存続させることができなかった。社長兼店長の敦史氏は現場に偏りすぎてしまったのだ。「歴史棚を含めた書店ノウハウ、人脈を活かせる場所に移転すべきだった。そのタイミングを逸した経営者としてのセンスと能力に限界があった」。
 小売店は地域から必要とされてこそ成り立ちうる。書店は他の小売業と異なり、価格訴求力では勝負できない。そのため、立地や品揃え、接客、イベント、情報発信など様々な要素で他店と競い合っている。その重要な要素のひとつが棚づくりである。だが、それだけでは経営が成り立たないこともパルナ書房のケースで示された。右に挙げたすべての要素を満たさなければ書店経営は成り立たないのかもしれない。
 閉店後に各地の書店を歩き回った敦史氏はいま改めて反省の弁を述べた。
 「提案型、文脈棚といった棚づくりの追求には努力したが、お客さんとのつながりは時代小説以外、疎かった。それは、書店はセルフサービスが基本であり、購入される書籍も顧客のプライバシーであるという考えから積極的な関わりを避けていた。だが、閉店までの一カ月間、一度も言葉を交わしたことのなかった大勢のお客さまが温かい言葉をかけてくださった。この方々は普段は雑誌をメーンに買われていくこともあって、『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』以外の言葉を交わすことはなかった。しかし、本当はもっと当店とのつながりを求めておられたのかもしれない。私は雑誌、コミック、実用書のお客さまにも接客を通してファンをつくっていく努力を追求していなかった。棚づくりと同様に、もっと接客を通してファンをつくるべきだった」。
(了)







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