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評者◆伊藤稔(紀伊國屋書店新宿本店、東京都新宿区)
パン小屋と生活空間──中村好文・神幸紀著『パン屋の手紙──往復書簡でたどる設計依頼から建物完成まで』(本体2200円・筑摩書房)
No.3114 ・ 2013年06月15日




 新宿駅の西口を出るとそれはそれは背の高い建築物が聳えるようにして立っている。「われ此にあり」と言わんばかりに。壮大な建築物に圧倒される。峻立。しかし建築物の魅力はそれだけではないはずだ。全くの門外漢の私が言うのは説得力がないかもしれないが。
 身の丈にあった建物、それは素朴で、実用性があって、そして「地に足の着いた人間らしい」建物。それを目指して建築家の中村好文さんとパン屋のご主人、神幸紀さんがパン小屋設計のやりとりをする書簡がこの本の内容である。
 その中で私が好きなところ。敷地の隅に並んでいる六本の蝦夷松を地主さんに「工事のついでに切ってあげるよ」と言われた神さんがどうしたものかと相談した際の中村さんからの返答である。「最初にそちらにうかがった時、道に迷ってしまってなかなか辿りつけなかったのですが、(略)蝦夷松の列が目に入り(略)『あ、あれだ!』と思わず声を出していたことを覚えています。そして思った通りそこが神さんの家でした。」それは「(略)風景の中に人の暮らしの温もりが暗示されていたことになるのです」。そして蝦夷松は残すべきと提案する。まさに自然と共に在る考え方だと思う。そして、ふと頭をよぎったのは立原道造の「方法論」(『立原道造全集』筑摩書房)である。「(略)建築が私たちの作つたものであるか、自然の与へたものであるかを疑ふことすら忘れて、私たちがそれを眺める場合のあることから、私たちはこの問題を取り上げた。これは更に、建築が廃墟となり、もとの自然のうちに半ば還元されて、いはば消極的の意味で自然に溶けこむ場合とも結びつけられて考へられるべきであらう」
 私たちは自然の恐ろしさや、力強さ、そして優しさを知っている。それはきっと共生、あるいは共死していくしかないものなのかもしれない。その中に建築物はあるのだろう。
 共生、そう、建築物は人が生きていく、暮らしていく場所でもある。パン小屋と生活空間。中村さんと神さんで作り上げたそれは本当に見事なのである。加えて中村さんと神さんのお子さんの幸太郎君が作り上げたツリーハウスもカッコいい秘密基地なのだ。またその後に旧窯を建て替えたゲストハウスも居心地がよさそうで素敵だ。
 さて本書を読んでいるうちに小屋の建築の魅力にとりつかれるとともに、間違いなくパンが食べたくなってくるだろう。それもちょっと本格的な神さんのつくるような。いや神さんのそれが食べられたら「言うこと無し」なのだが、北海道には買いにいけないので、私も思わずご近所のパン屋さんに行き、黒パンを買って軽くあぶって噛り付いてしまった。なんでだろう。というのもこの本を読んでいるうちに匂いが漂ってくるからだ。だまされたと思って本書を手に取ってほしい。きっと読んでいるうちに北海道の風の匂いと、新築の木の匂い、そして焼けたパンの香ばしい匂いがしてくるだろうから。そのまま思わず買ってしまったパンに噛り付きながら、ワインでも飲んで酔いつつ、本書のページをめくっていくのもまた一興なのかもしれない。







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