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評者◆北川毅(代官山蔦屋書店、東京都渋谷区)
人は「見たまんま」に騙される──サム・サマーズ著『考えてるつもり──「状況」に流されまくる人たちの心理学』(江口泰子訳、本体1800円・ダイヤモンド社)
No.3113 ・ 2013年06月08日
さて、あなたはこんな場面を目にしたことが一度はあるはずだ。
ある凶悪で凄惨な事件が起こった。だが犯人は幸いにもすぐに逮捕された。報道陣が現場に殺到して、犯人を事件以前から知る人は複数のTVカメラに囲まれてこう答えている。「彼のことはよく知っていますよ。でも虫も殺せないような人間だったのに……とても信じられない。」 これはドラマの中だけではなく、現実の事件を取り上げたワイドショーでもよく見られるお決まり的な場面だが、本当に犯人は毎回、周りの人間が驚くくらい凶悪な犯罪を起こさないような人だったのか? 自分自身に当てはめて考えると、隣人を凶悪犯と考えるより普通の人と考えたい。相手のふるまいを少しだけ見て、それがその人の「本当の姿」と思い込んでしまう。「人の振る舞いは予測できる」という過信が私たちを安心させて、例え、小さな証拠があったとしても、予測できる世界で安心したいという本能がその証拠を認めないのだ。 自分で物事を考え、理解したり、決断したりしているつもりが、実は周囲の「状況」に流されるがままになっているのでは? 著者の社会心理学者、サム・サマーズが明らかにするのは偏見や傍観者、ジェンダーといった、社会問題になりがちなものはもちろん、自己認識や日常の意思決定といった「個人的なもの」までが、どれだけ「流されるがまま」になっているかであり、そのことに気づけずに、ついつい判断を誤ってしまう人間心理。 本書の論旨をまとめると、「状況」を客観的に見て、私たちの目を曇らせがちな感情やバイアスを棄てる時、私たちは周囲の人間を理解し、自分が望む結果を得るための手がかりを見つけることができる、というもの。 何かとても当たり前のことで新鮮味に欠ける印象だが、個々の事例は社会心理学の専門的な話題や知識をわかりやすく、かつ面白く紹介している。歴史上の有名な事件から、男女の恋愛関係、著者自身の残念なエピソード迄、幅広い。 ただひとつ重要なのは著者自身も語っているが、「状況」の影響力を理解することはよりよい人間になることではない。「状況の力を認識すれば、実生活にもっとうまく対処できる有能な人間になれる」ということ。 功利的なのだ。たとえ一瞬でも相手の立場にたって考えることは、議論なり交渉なりに自分が勝てるチャンスが増えることになる。もっとうまく社会を渡っていけるのである。 セールスマンや新聞、テレビ、政治家の言動等、世界は「見たまんま」ではないことに、その意図や背景にまず気づかなければならない。気づくことが「見たまんま」と戦う第一歩なのだ。 まずは是非次の選挙の機会に「状況の力」を認識することをオススメしたい。 本書はビジネス書の老舗出版社から発行されている。本文中でも自己啓発書ではないことが強調されている。心理学に精通した担当編集者が名づけたとおり「学術エンターテイメント書」が正しく思える。入門系ビジネス書で1890円は2割程高い印象だが、学術入門書だと逆に2割程割安感がある。この本の購入を検討される場合は巻頭プロローグの部分を試し読みして興味が湧いたか否かで判断してほしい。 |
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