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評者◆東野徳明(みどり書房桑野店、福島県郡山市)
見えないものは見えている──ロイス・ローリー著『ギャザリング・ブルー──青を蒐める者』(島津やよい訳、本体1500円・新評論)
No.3112 ・ 2013年06月01日




 西関東や中国地方以西をはじめとして、カ行の鼻濁音と濁音を弁別しない方言文化圏が存在する。著名人では、先日叙勲を受けた偉大な女性ポップシンガーがいる。鼻濁音を「が」、濁音を「ガ」と表記するならば、共通語で「私がー」と歌うところを彼女は「私ガー」と歌い、「暮れ急ぐー」を「暮れ急グー」と歌う。
 鼻濁音を発音しない人に出会ったとき、この話をしてみたところ、きょとんとしていたが、言われる側にしてみれば「『がぎぐげご』と『ガギグゲゴ』は全然違うんだよ」と言われたって「『ガギグゲゴ』と『ガギグゲゴ』は全然違う」と言われているようなもので、なんのこっちゃというところであろう。実際、日本語の使用において、この弁別ができなくても、さして齟齬も不都合もないので、じぶんがちょっと変わった日本語を使っていることに気づかないまま生涯を終えることも難しくないだろう。現代であればメディアを通じて鼻濁音の刺激に充分に出会うことができるから、鼻濁音非弁別文化圏で育っても、鼻濁音を駆使できる人はいる。そういう人が友人に「なまってるよ」と指摘しても、その指摘の意味さえ伝わらない、などということもありそうだし、なにかの配剤で、鼻濁音非弁別者が圧倒的多数派になれば、やがて鼻濁音じたいが滅び、古い文献の「鼻濁音」という用語の意味が不明になることもあり得るだろう。そんな未来に、過去の録音資料を大量に聴き込む機会を持った人に、ふと鼻濁音の弁別力が生じ、しかし自分の気付きを、他人に説明のしようがなくて困ったりするかもしれない(鼻濁音は現実に衰退の傾向にあるようだ)。
 成長期には、当然人は不安定で成長しやすくて、一冊の本を読み終えた後、世界の見え方が変化するような経験も度々あったけれども、出会うもの出会うものが新鮮だった時代はやがて終わる。いろいろ経験を積んでみると、比類なく素晴らしいと思っていたものが意外にありふれたものだったり、斬新な技巧と思えたものが安易な焼き直しだと分かったり、見識がついて鑑識眼が磨かれてくると、引き換えにどきどきわくわくするものに出会う頻度は低減する。読書のよろこびが例えば、読む前と読んだ後の自分の変化の大きさにあるとすれば、成長期の読書は、自然な成長によって加速されて底上げされている。
 ごくまれに、成長期の読書を彷彿とさせる本に出会って「ああ、本が好きになった頃の本ってこんな感じだったなあ」と思う。成長期の読み心地のクオリアが甦ってきて、止まっていた成長の時計が再び動き出す気さえする。『ギヴァー』シリーズの魅力はそこにある。
 『ギャザリング・ブルー』は、『ギヴァー』を第一部とする四部作の第二部である。どちらも未来のとある共同体で、社会に出てゆく少年少女が、経験の中で「見えないもの」が「見える」ようになってゆく過程を描いた成長小説だ。
 なにが驚くといって、あまりにも露わである真実に、そのときまで自分が気付かずにいられたことへの驚きといったらないが、鼻濁音非弁別者が、日本語には鼻濁音というものがあり、それはごくありふれたものであり、自分もずっとそれを耳にしていたと気付くときの驚きに似て、それを凌ぐかもしれない驚きが『ギヴァー』にはあった。なにせ、その驚きに至る前半部ほぼ全文が伏線なのだ。書いたロイス・ローリーも凄いが、翻訳の苦労も並大抵でなかったであろう。
 『ギヴァー』以上の傑作を期待することはできないので、第二部以降はもっぱら『ギヴァー』の補完としての意義に尽きるが、それで充分とも言える。『ギヴァー』を読めば、続きを読まずにはいられない。
 どうか、第三部も第四部も早く読ませてください。







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