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評者◆殿島三紀
悲しくなるほど貧しい──監督 ワン・ビン『三姉妹~雲南の子』
No.3111 ・ 2013年05月25日




 『カルテット! 人生のオペラハウス』『ぺタルダンス』『17歳のエンディングノート』『三姉妹~雲南の子』他を観た。
 『カルテット!~』、ダスティン・ホフマン監督デビュー作品。最近、老人を主人公にした映画が目につく。以前、当欄でご紹介した『愛、アムール』の対極にあるのが本作。「老人だって現役さ」というホフマンの主張が随所にちりばめられた映画だ。『ぺタルダンス』、石川寛監督・脚本・編集作品。自殺に失敗した友人を訪ねて20代の女子3人が東北の海辺の小都市に向かうロードムービー。彼女たちの死生観が冬の海を背景に自然体で語られる。『17歳のエンディングノート』、監督・脚本はオル・パーカー。余命宣告された17歳の少女、ToDoリストを一つずつ消化することが残された人生の仕事だった彼女がリストにはなかった恋を知る。難しい年頃の少女が生も死も全うする姿を、かつての名子役ダコタ・ファニングが好演。
 そして、『三姉妹~雲南の子』が今回ご紹介する作品だ。私事で恐縮だが、数年前に中国を旅した。三蔵法師一行が歩いたような風景を進むバスの窓から幾つもの穴をうがった岩山が見え、そこには今も人が住んでいるということだった。この荒野に入る前に最後に見た街が煌びやかな上海だったこともあり、その落差に驚愕。だが、ワン・ビン監督のこのドキュメンタリー映画で更に驚くことになった。撮影されたのは雲南省の海抜3200メートルにある小さな寒村。中国で最も貧しい地域の一つである。雲南省はここ十数年の間に開発が進んでいるが、この村は高地とあってインフラも整備されず、電気が通ったのも中国で一番遅かった地域だ。僅かばかりの家畜を放牧し、収穫物はジャガイモのみ。何千年も前からその暮らしは変わっていない。空気はきれいで、山々も雄大。音といえば吹き抜ける風の音くらい。何もかも昔のままが良いというなら、環境破壊などないこの村は最高の土地だ。だが、壮大な自然は人を拒む。雲南では高地に暮らす人々の貧困を解決するため、低地への全村移住計画が進行中である。この村も既に移住が決まっている。だが、どこへ、いつ、移住するのかは誰も知らない。
 本作に登場するのは10歳と6歳と4歳の三姉妹である。この幼い姉妹の両親は不在。母は何年も前にこの地を去り、父は出稼ぎに行ったままだ。近くに伯母や祖父はいるが、10歳の姉が幼い妹たちの面倒を見ながら、家畜の世話や畑仕事をする。小学校に行っていたこともあったが、祖父に「女は勉強しなくていい」と言われた。これって革命を成し遂げた国の話だよね? と訊きたくなる。偏見に満ちた貧しさ、すり減った木片のような椅子に座って土間で火を熾し、青銅器時代から変わらないような農機具を使う貧しさ、1年10元(約150円)の医療保険費を払えず、その支払いをどうするかで村人たちが会合を持つ貧しさ。3200メートルの高地で暖房もない貧しさ……。
 絶望的な貧困の中でほとんど動物のように生きるだけの日々。幼い妹たちはころころと仔犬のように楽しげにじゃれあうが、10歳の姉娘の眼には既に諦念が宿る。日本の貧しさが都市という大海に小島のようにつながりを断たれて点在するものだとしたら、この村の貧しさは面として存在する。三姉妹も村人たちも共同体に生きながら相互扶助などできないほど、等しく貧困である。
 出稼ぎに出ていた父親が一時帰宅、再び妹たちだけを連れて町へ働きに行く時、山の家に一人残された姉は泣くでもなく、無表情にジャガイモをかじる。貧困が行きつく先は人が人でなくなることか、と鮮烈なモノクロ映像の中の少女に寂しさより恐怖に似たものを感じる。中国の貧困をここまでえぐった映画を他に知らない。
(フリーライター)

※『三姉妹』は、5月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードーショー。







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