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評者◆小嵐九八郎
“渾沌”の生命力に出合った──『荘子』全四冊(金谷治訳注・岩波文庫)
No.3111 ・ 2013年05月25日
全国に数百万台の監視カメラがあると言われ(NHKによる)、コンビニで煙草を買うと六十八歳なのに二十歳未満に映るのか「はい、確認して」とパネルに手を押させられ、箱根のホテルでは「お客さん、梅干しは部屋に持ち込んじゃ食中毒になるから困るんです」と取り上げられ、凄まじい管理社会へと、そ。日本滅亡史の加速が進んでいる。息苦しい。青少年に済まない。
それと、一月下旬に、細かく厳しく迫る律法、ま、クリスチャンの呼ぶ『旧約聖書』的縛りに抗って処刑されたイエスと、その弟子達の第一回“コンクラーベ”の苦悶の小説を三年がかりで出し、疲れてしまった。書いているうちにイエスの偉大そのものの他者への愛の意思、行為に畏怖の気持ちが高ぶり、この三月は、ちょっと別の世界に遊びたい気分なのだ。 それに、貧乏なので小説を書き続けるしかなく、今、書いているのが、偏屈だったり、劣等感でくるいそうだったりの江戸時代の絵師達で、その中の英一蝶は絵が将軍を揶揄しているとか大名を吉原へ引きずり込んだとかで三宅島へ一六年の流刑を科せられている。その一蝶の号は、荘子から採っていた。良くいえば生き物全てへの好奇心と愛情と細密描写の装飾性に仰天し、悪くいえば絹や紙の地の空間に恐怖を覚えてしまう伊藤若冲も、僧侶に老子の言からの号を貰っている。 というわけで『荘子』金谷治訳注、岩波文庫、本体505円)全四冊を読んだ。脇に、まだ“生きて”いるのだろうか、解説本として『荘子──古代中国の実存主義』(福永光司著、中公新書)、『荘子物語』(諸橋轍次著、講談社学術文庫)を置き。 漢文に疎い俺でも、岩波文庫の『荘子』の法螺のスケールのどでかさ、“無用の用”の役立たずや無駄の根底的な意義、“死生は一定”の死生観の反イエス的反西欧的な、虚無を含めてのスタンスの幅の大きさに、五度目の再読だが安らかさをいただいた。老いてやっと解る“渾沌”の生命力にも出合った。 なにより、文章の詩的響きの素晴らしさには感激する。『abさんご』とはまるで別でした。 (作家・歌人) |
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