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評者◆中川右介
ミステリから失われてしまった様式美を存分に堪能できる不滅の名作たち──完全に作り物めいた世界を楽しめるかどうかが分かれ道
不滅の名作ミステリへの招待
中川右介
No.3111 ・ 2013年05月25日




 「とにかく面白いミステリが読みたい!」という人にオススメの一冊が出た。『不滅の名作ミステリへの招待』がそれ。江戸川乱歩が一九四七年に制定したベストテンを皮切りに、名探偵一〇人、必読書一二作、映画も小説も楽しめる一〇作を紹介している。著者は、クラシック、歌舞伎など幅広いジャンルで執筆活動を展開している中川右介氏。氏が代表を務める出版社アルファベータから刊行された小山正『ミステリ映画の大海の中で』の出版記念パーティがきっかけで本書は世に出ることになったそうだ。
 「実は本書は『ミステリー 最高傑作はこれだ!』(青春出版社)の改訂版。全く復刊の予定はなかった。パーティで知り合った編集者との縁なので、一〇〇%偶然です。一〇年以上も前の本だから、完全に他人が書いたものを読むような気分で読んだわけですが、これは自画自賛だけど、とても面白い本」と笑みを浮かべる。何せ「不滅」で「名作」なのだからハズレなしのセレクトなのだ。しかも図表も多数掲載されていて、作品理解の手助けとしても役立つのが嬉しい。「人物相関図と時間表を作るのがとても大変でした。そのために全作品読み直しました。これは気が狂いそうだった」
 紹介されている本は、「ぼくが中学・高校生のころ、約四〇年前に読んでいた本。その古さが却ってよい」と言う。「今の作品も全く読んでいないわけではない。二〇世紀までは、その年のベストテンを選べと言われたらすぐに選べるくらい、新刊はほとんど読んでいました。しかし二〇〇〇年前後に出た宮部みゆき『模倣犯』、東野圭吾『白夜行』、天童荒太『永遠の仔』、高村薫『レディ・ジョーカー』あたりを読んで、もういいやと思ってしまった。寝食を忘れて読んだのですが、読後感がよくない。確かに、心は揺さぶられますが、犯人が分かって「ああ面白かった」という感じではない。社会派大作でありながら、犯罪と被害者をもてあそんでいる印象が拭えなかった。それらの作品に感動したという声が多かったと思いますが、例えば『永遠の仔』について、一体何にどう感動したのかと聞いてみると、ちゃんと説明できる人はいなかった」
 その違和感を理解するためのキーワードは「様式美」だ。
 「二〇〇〇年以降のミステリには様式美がない。純文学とミステリとの対決以前、一九七〇年代まではミステリと非ミステリ・エンターテインメントとの対決があった。そこでミステリは完全に勝利した。しかしその結果、売れ筋と化したミステリはジャンルとしての枠組みが拡大したために、様式が失われた。得るものと失ったもの、この両面がある。ただ今の作家に様式美を求めても気の毒。やっぱり様式は、書いていても飽きるし、読んでも飽きる。いつまでも様式にこだわっていてはダメなのです。けれども、元々ミステリはこうだったということを振り返ると面白いよと言いたいんです」
 その「様式美」は本書にも見え隠れしている。「用語辞典などのコラムもなかなか面白いでしょう。隙間のないレイアウトは様式美ですよ。あと実は『幻の女』の章のあらすじ部分は、文体もアイリッシュを真似している。『死の接吻』も『郵便配達は二度ベルを鳴らす』もそう。芸が細かいんですよ(笑)。『アクロイド殺し』のあらすじは、もちろん一人称で書きました」
 厳選された約四〇作の中から、さらに三作品を絞ってくださいと無茶振りしてみると、「アガサ・クリスティ『アクロイド殺し』、エラリイ・クイーン『Yの悲劇』、ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』だね」との答え。「本書が出てすぐに小谷野敦氏が文句を言ってきましたよ、「ヴァン・ダインはくだらない。なんで『僧正~』と『グリーン家殺人事件』を入れるんだ!」と。確か小林秀雄も、江戸川乱歩との対談で「ヴァン・ダインは五流だ」と言っていますね。読む人を選ぶ作家。ヴァン・ダインを面白がれるかどうかがミステリマニアになれるかなれないかの分かれ道かもしれない。彼の魅力は作品が完全に作り物めいている、つまり様式を感じさせるところ。一般的に人気がないのは、探偵のファイロ・ヴァンスが嫌な奴だからかもね(笑)。一方、『Yの悲劇』が必要以上に名作視されている気もする。本当は『Xの悲劇』を入れようか悩んだ。でもここは世論に従うことにしました」とニヤリ。
 ミステリは、一八四一年に発表された『モルグ街の殺人事件』を嚆矢とするジャンルだが、作品数は既にして膨大だ。この“招待状”は、そんな迷宮をハイライトで案内してくれる。けれども、それが“ミスリード”になることもありそうだ。「中学生のときは創元推理文庫の目録をもらってきて、読んだ作品にチェックを付けていくとか、よくやりました。でも、絶版があるんです。それが欲しくて古本屋に通うようになると、また別の悪の道へ向かう。正直言って、絶版の作品はつまらないことが多い。だから絶版なんです。でも読まないと、つまらないことも分からない」。人はこうしてミステリマニアになっていく。その意味で罪つくりな本でもある。

▲中川右介(なかがわ・ゆうすけ)氏=1960年東京都生まれ。「クラシックジャーナル」編集長、出版社アルファベータ代表として雑誌・書籍を編集・発行。『二十世紀の10大ピアニスト』『山口百恵』『歌舞伎座誕生』など著書多数。







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