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評者◆伊藤稔(紀伊國屋書店新宿本店、東京都新宿区)
「分人」という単位で社会をつくるには──鈴木健著『なめらかな社会とその敵──PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論』(本体3200円・勁草書房)
No.3110 ・ 2013年05月18日




 「八方美人」を『ネガポ辞典』(主婦の友社)で引くと「フレンドリー」「愛想がいい」「気配り上手」となるそうだ。『ネガポ辞典』はネガティブなことばを、ポジティブに変換する辞典である。さて我々は他者と接するときにそれぞれの異なった接し方をしているのではないか。例えばAさんには趣味の話を、Bさんには世間話を、Cさんには仕事の話をといったように。それぞれがそれぞれにあわせ、それぞれに盛り上がる。まさに「フレンドリー」に。それは「八方美人」なのではなく、それぞれ最適に対応しているだけなのではないか。そしてその一つ一つの対応をしているものが自己であり、そう考えると「個人」という単位ではなく、シチュエーションによって更に分けられた自己である「分人」という単位があるのではないか。『個人とは何か』(講談社現代新書)の中で平野啓一郎氏はそう考察をする。そしてその中で「分人主義」を「単位を小さくすることによって、きめ細やかな繋がりを発見させる思想である」と表現している。そのような分人主義にて運営されていく社会こそ「なめらかな社会」なのではないか。そしてその「分人」という単位で社会をつくることができないかを考える一冊こそが『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)なのである。
 さて「なめらかな社会」に必要な身体性を鈴木健氏は二つあげている。「第一に他者の立場に立つこと、あるいは他者を自分の身体の延長として感じること」、そして「第二に、確かなものなど何もないという感覚である」と。それは他者の弱さ、強さを共有するとともに、自己矛盾をも認める社会なのである。そしてそれはまた「複雑な世界を複雑なまま生きる」ことができる社会でもある。
 その運営法としてコンピュータを用い、また実際に運営できるかどうかについて行列を用いて証明しているが、数学的知識の乏しい私にはすべて理解し得たとは言えない。だがどのように運営していくのか、いきたいのかは受け止められたと思う。
 そして「その敵」は敵をつくる思想だという。カール・シュミットの政治概念「公的に敵と味方を区別すること」を出して、それを乗り越えなければならないと著者は主張する。「なめらかな社会」には敵がいないのである。敵を作り出すことで共有するのではなく、例えば四〇%の味方であることで共有するのである。
 そんな社会では失敗も多くあるだろう。しかしそれを受けとめるしなやかさもきっとあるはずだ。そして他者に頼り、自分も他者に頼られる、お互い様の社会なのではないか。もちろんコンピュータにも限界があるだろうし、すべてが理想的なユートピアなのではない。解けない課題も著者は正直に述べている。しかしながら今とは異なった社会、在り方を考えることは、今をどうやって生きていくのかということに繋がり、新たなものを生み出す非常にドキドキする体験なのだ。そして著者の冷静ながらも熱い思いをぜひ多くの人に感じていただきたい。それは激しく燃える炎ではなく、消えることのない静かに燃え続ける、灯のようなそれなのである。







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