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評者◆阿木津英
名をなさず死ぬ歌びとを憐れ見て──老残の日々をうたう米口實歌集『惜命』(本体三〇〇〇円・砂子屋書房)
No.3110 ・ 2013年05月18日




屈りて老いびとわれは幼子が恋ふるごとくに嗚咽してゐき
妻と造り住みたる家に火をはなち火中に死なむひとりの我は
起きいでて入れ歯を洗つてゐるわれに今年の霜の朝がきてゐた
我に家族のありたる日々よ 山並みのはたてに沈む鳥の一群れ『惜命』

 亡妻をうたう身も世もない老いびとの嘆き、また夢の覚め果てたあとのような老残の日々をうたう。ついにひとりでしかない寂寥が身に沁みる。『惜命』の作者米口實は、関西に住んで歌誌「眩」を主宰した。白秋系でアララギ末流の徒を嫌う直言居士、折りに触れて書く文章は苛烈、偏屈でさえあった。

 名をなさず死ぬ歌びとを憐れ見て辛夷の花は夜ごと散るべし

 巻末の辞世の歌。余命を知っての刊行だったが、後記をしたためて六日後に没する。その後記は、師木俣修への愛憎を綴って、掌編のような味わいである。若い頃は先生に愛された弟子であった。結核に冒され、療養中に「弊履の如く見捨て」られた。やがて大結社となった「形成」に帰参するが、身の置きどころはなかった。「その頃の先生の標榜は「短歌は人生のドキュメントだ」」というもので、「これで先生は多くの低俗な作者を集めておられた」。五十歳を過ぎて歌集を出すことが認められ、妻とともに「広壮なお屋敷に参上」したが、帰りにあまりにも妻が不機嫌なのでただすと「私は貴方のあんなにも卑屈な態度を見たことがないわ」。粛然とその言葉に鞭打たれるよりなかった。先生が亡くなった。その日、早く行きすぎてひとり棺に向き合っていると、「不意に悲しみに襲われて私は不覚にも号泣していた」。
 歌人は、良きにつけ悪しきにつけ、組織というものと無関係ではいられない。結社拡大に長けた木俣修の通俗な側面と、それに媚びてしまう卑屈。そんな通俗を脱し短歌本来の姿に立ち返ろうと自らを鞭打つ。
 「名をなす」ことへの欲望と卑屈と狷介と、捨て切れぬひとりの生をかいま見たような、味わいの濃い歌集だった。
(歌人)







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