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評者◆たかとう匡子
全世代共存という視点が大事──俳句との関係で興味ぶかい「吉岡実と下町」(中島敏之『鬣』)、足型を作るという発想が面白い「夜の足型」(上原輪、『照葉樹二期』)
No.3109 ・ 2013年05月04日




 今月はたくさん特集があったこともあって、特に関心をもったものから二、三、書きとめていきたい。
 『鬣』第46号(鬣の会)が特集「俳句の吉岡実」を組んでいる。吉岡実は戦後モダニズム詩の前衛として、80年代以降の若い詩人たちから今なお熱い眼差しでみられている詩人といっていいだろう。中島敏之「吉岡実と下町」は、同じ下町にいた同世代の吉本隆明や北村太郎はエリートのコースをたどるが、吉岡実は高等小学校卒業後、十五歳で奉公に出るところに焦点を当てて書いていて、興味をそそられた。無学歴で現代詩の地平を切り開いていったのは何も吉岡実ひとりとは限らないが、吉岡のばあいは俳句を踏み台にすることで口語自由詩としての言葉の脆弱を取り、吉岡独特のスリムな言語構造を作っていった。定型との緊張した関係をどう作っていくかは大事な問題でもあり、その意味でこういった俳句との関係での視点が興味ぶかかった。ともあれ俳句との出会いが吉岡実を作ったのだから、俳句の功績は大であると思う。
 『焔』第95号(福田正夫詩の会)は福田正夫生誕百二十年の記念特集。私もたまたま民衆詩派の同志だった富田砕花の賞のお手伝いをしているので、関心を持って読んだ。特集は「文芸山河」などの福田正夫について書かれた文章がいくつも再録されていて、それはそれで面白いけれども、これらはすべて戦後の文章だ。民衆詩派は一般的には人道主義的な詩の大衆化という視点から農民詩の分野でも注目されたが、やがてはプロレタリア詩運動に吸収されたというのが一般的な詩史観になっている。今見て、さあどうか、という意見はあろうが、この点、こんなふうに過去の文章ばかり並べないで、二十一世紀の今日の眼で同時代者として再検討し、同時代的意見として書くことも大事なのではないか。私自身もしっかり捉え直していきたいと思う。
 『日本未来派』225号は「高齢化社会における詩人の役割」を特集する。ここには詩人たちが高齢化したという現実が背後にあって、では高齢化した詩人としての役割とは何かということがテーマになったのだと思うが、高齢化社会のなかには若い人も入るということを忘れてはなるまい。ここでは、高齢化社会の第一期生という視点が大切だろう。この世代はかつて二十代の頃は六十歳ともなれば超老人だと思っていたはずだった。それが医学と食料事情のおかげで六十歳どころか八十歳になってもみんな生きている。今では若い人たちは幼い頃から人生は八十代までと思って人生設計をして生きるのではないか。この高齢化社会の第一期生だという視点と、ヤング世代との共存の視点が大切だと思う。企画は面白いが、全世代共存という視点を欠くと、高齢で生きている人の自己弁護にもなりかねないという感想を持ったがどうだろう。
 『青い花』第74号(青い花社)は「追悼・溝口章」の埋田昇二の追悼文や「青い花」72号での最後の作品「遅桜の里」が突然とびこんできて、私にはこの詩人の突然の死が悲しいものとしてひどく応えた。『伊東静雄――詠唱の詩碑』、『三好達治論――詩の言語とは何か』など労作を思い出している。「遅桜の里」は老いを自覚した詩だが、普遍化した老いで、私としては溝口さんの最期を思った。紙面で失礼だが、溝口さんには思い出もあるので、追悼の言葉として捧げたい。
 『照葉樹二期』第3号上原輪の小説「夜の足型」は「足型」という発見が面白い。「ひとが死んだら、ねん土で足の型をとって、それに水を入れて、あんなふうな氷の足を作るんです。そして、玄関に置いておくんです。何日かたって、それとも何か月かたって、いつか足型が溶けるまで、死んだひとを土に帰してはいけないんです」と説明するのは父親が死んだのでひとりで足型を作った十歳の少女で、聞いているのは吹雪の日に突然とびこんできて、泊めてあげた旅人の男の人。少女の祖母は入院していてひとりなので、男の人は春まで長逗留する。父親の足型が溶けないのでその地方の風習から葬ることができないという発想で小説は進行するが、作者は福岡市在住というから福岡のフォークロアのなかにこんな逸話でもあったのだろうか。それとも作者のイマジネーションの結果なのか、後者ならいっそう面白い。こういう作品こそ文壇的な面でももっと広く評価されていいのではないか。
 『せる』第92号(グループ「せる」)おのえ朔「柿のなる庭」はタイトルが象徴しているように、ごくささやかな地域共同体のなかにも、いわゆる男女のもつれのようなものがテレビやエンター小説と同じかたちで浸透しているのか、こういう時代が来ているのかと考えさせられて、そこが面白かった。一般的にいえば、不倫とか、愛人とか、男女関係のごたごたはどちらかといえば都市のいわば人ごみのなかが好都合なのに、まあ、こんなところでということで、その分世相をうまく映し出しているといえるかも知れない。
 『詩と眞實』第766号(詩と眞實社)戸川如風「真白き薔薇の花」は目をかけてもらった山奥の小学校の女先生への思いをとおして、そこに自分の人生を塗りこめていく。最後は定年になって開いた同窓会で認知症になったご高齢の先生が「真白き薔薇の花」の髪飾りをして出席し、そこで感謝の気持ちを伝えるのだが、淡々としたその語り調がいい。私も長く教師をしていたので思うのだが、想い出とか恋愛とか、過去を共有する同窓会はよく使われるパターンで、そのパターンをどう抜け出すかについて考えさせられたが、ここではそこが面白かった。この雑誌は766号とあり、それだけでも尊敬するが、読んでいて少々活字の詰めすぎが気になった。それだけに苦労しているのだなとも。(詩人)







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