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評者◆内堀弘
荒川洋治の個人出版──近代の出版史に残された途方もない足跡
No.3109 ・ 2013年05月04日




某月某日。古くからのお客さんから十箱ほどの本が届いた。少し整理をされるという。戦後詩がお好きで、よく買って下さった。面白いもの、珍しいものは、熱心なお客さんの方がよほどご存知で、その買い方を見て私はものを知った。
 送られた本の中に『亜ふれる』(全四冊)という同人誌があった。私の店のずいぶん昔の値札が付いていて、そういえば揃ったものはあれから見たことがない。
 『亜ふれる』は、一九七〇年に荒川洋治と松永伍一の二人がはじめた。荒川洋治はまだ早稲田の学生で、第一詩集『娼婦論』を出すのはこの翌年だ。小冊子ふうのシンプルな装丁は、『亜ふれる』も同じで、いずれも荒川の個人出版によるものだった。
 本の中に『凍る日の庭』という十二頁ほどの薄い詩集をみつけた。著者は倉尾勉(田辺高校三年生)。一九六九年五月、新宿の星北出版刊。あとがきは荒川洋治が書いている。
 もう四半世紀、いやもっと経つだろうか、私は古書の在庫目録を引き受けてくれる安い印刷屋を探していた。すると古本屋の先輩が新橋の印刷屋を紹介してくれた。そこに勤めている倉尾は高校の同級生だから相談にのってくれる、というのだった。新橋の裏通りはまだのんびりしていた。駐車場の車止めに腰をかけて、私は古書目録とはこういうものですと説明をした。倉尾さんは黙って聞いていて、たまに小さく返事をした。
 「倉尾は高校生の時に荒川洋治のところで詩集を出したんだ」と、あとで聞いた。
 タイプ印刷の薄い詩集を手にして、これがそうかと思った。大事なことはいくつも忘れているのに、こういうことはいつまでも覚えてる。
 倉尾さんは十年ほど前に亡くなり、同級生だった古本屋も一昨年に亡くなった。どんな少部数であっても本は遺る。そして、いつか古本屋にたどり着く。と、これは我々の決まり文句だが、実際にこんな詩集がたどり着くと、溜息が出る。
 ところで、この星北出版は「都の西北」からとったのだろう。六九年、荒川洋治は早稲田の二年生だ。その後、檸檬屋、紫陽社と荒川は個人出版で二百点以上の詩書を送り出す。七十年以降の、いや近代の出版史の中でも、これは途方もない足跡だ。
(古書店主)







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