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評者◆殿島三紀
スコッチは香りを味わうもの──監督 ケン・ローチ『天使の分け前』
No.3107 ・ 2013年04月20日




 『ハーブ&ドロシー――ふたりからの贈りもの』『ある海辺の詩人』『魔女と呼ばれた少女』『ヒッチコック』『天使の分け前』などを観た。
 『ハーブ&ドロシー~』。NYの1LDKに暮らす元公務員の老夫婦、彼らが5千点以上のモダンアートを収集し、全米50州の美術館に50点ずつ計2500点寄贈するまでを佐々木芽生監督が撮る。アートへの愛?コレクションへの執念?
 『ある海辺の詩人』。ヨーロッパの移民問題に取り組むアンドレア・セグレ監督作品。イタリアの小都市で働く中国人女性と旧ユーゴ移民の心の交流を静かに描く。ロマンチックな話の底流に移民側と受け入れ側の意識のずれも捉えたなかなかの社会派。
 『魔女と呼ばれた少女』。世界19ヶ国に25万人以上といわれる子ども兵士をキム・グエン監督が描いた。コンゴ共和国の14歳の少女が12歳で拉致されてから兵士として過ごした2年間を一人語りする。驚くべき内容だが、土と精霊が満ち溢れ、希望すら感じさせる作品。
 『ヒッチコック』。あのヒッチコックと妻アルダという2人の天才を『サイコ』の撮影裏話と絡めながら描いたサーシャ・ガヴァシ監督作品。アンソニー・ホプキンスとヘレン・ミレン、やはり凄い。
 そして、今回ご紹介するのが『天使の分け前』。あの真面目なケン・ローチ監督がつくったとは思えない楽しく痛快な最新作。社会派映画の巨匠といえる監督だが、若者を主人公にした作品には楽しいものが多い。失業中の若年層が100万人を超えたという英国。本作に登場するのもそんな若者たちだが、彼らは叩かれても踏みつけられてもへこたれない。主人公はグラスゴーに住むロビー。彼は刑務所から出てきたばかりで、またまた事件を起こしたチンピラだ。恋人に子どもが生まれるため刑務所送りは免れ、社会奉仕を命じられる。その責任者がウィスキー好きだったことから話が展開していくのだが……。
 「天使の分け前」。タイトルが良い。左党ならよくご存知だろうが、ワインやウィスキーなど樽で熟成される酒類は熟成の間に、酒に含まれる水分やアルコール分が蒸気となって少しずつ樽からしみ出し、熟成終了時の量は減ってしまう。この減少分が「天使の分け前」。天使は1年に樽から2~3%の酒を飲むらしい。ついカウンターに酔いつぶれた天使の姿を想像するが、もちろん、そんな天使は登場しない。
 スコットランドが舞台で、スコッチウィスキーが準主役。社会派監督らしく若年層の失業問題を主旋律として奏でてはいるが、主人公を見守る社会奉仕作業の責任者ハリーが良いおじさんとして最高の伴奏を添える人情映画でもある。息子が生まれて舅に受け入れられるどころか、ブン殴られてケガをしたロビーを自宅に招待し、とっておきのスコッチを開封してお祝いするハリー。スコットランドに生まれ育ちながらウィスキーを飲んだこともない主人公に初めて大人の自覚が生まれるシーンだが、じわりとしみる。スコッチは、香りを楽しみ、その芳醇さを愛で、咽喉を転げ落ちていく快感を味わうものだと知らされ、テイスティングの才に気づくロビー。
 一方でそんなまっとうな楽しみ方を馬鹿にするように、酒ともいえないような超高値で取引されるスコッチオークション。なんと1樽100万ポンド(1億円以上)での落札が見込まれているという。さあ、そこで家も教育も仕事もない若造たちがキルトをはいてどんな活躍をするか。どんな天使が登場し、天使の分け前とはいったい何なのか。
 100万人もの若年者の失業という重苦しい現実を背景にしながら、深刻にならず希望に満ちた上等なスコッチのような映画である。と同時に、世の酒呑みたちに酒は酔っ払うためだけに飲むものではないことも教えてくれる。
(フリーライター)

※『天使の分け前』は、4月13日(土)より、銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー。







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