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評者◆内堀弘
漱石の新聞小説──一緒に切り抜かれたものを読む面白さ
No.3107 ・ 2013年04月20日




某月某日。入札会で新聞小説の切り抜きのコレクションを落札した。どういうものかというと、新聞の連載小説を毎日切り抜き、これが半年ほどで完結すると(百回以上になるのだが)、紐で綴じて一冊にする。連載小説は横に長いレイアウトなので、この形で分厚くなると、まるで羊羹棒のようになる。とても持ちづらい。本棚にも入らない。いや、どこにも入らない。あまりいいことはないと思うのだが、切り抜かずにはおれない人はいるもので、この「切り抜き趣味」は古くからあるカテゴリーなのだ。
 今回落札したのは明治から大正時代の新聞小説で、三~四十種類ほどもある。単行本化されずに、ここでしか読めないものもある。だが、妙味は毎回の挿絵で、これは単行本では省かれるので、連載でしか見られない。
 夏目漱石の「明暗」があった。大正五年五月から東京朝日新聞で連載がはじまり、十二月に漱石の病死で終わる。その全一八八回を上下二冊(形状からいえば二本)にしている。
 欠号がないかを調べていると、毎回の裏側に載っているその日の新聞記事が気になってしょうがない。いや、気づくとこちらを夢中で読んでいる。
 たとえば、第六回の裏には「印度詩聖タゴール神戸到着。河内彗海とともに横山大観が歓迎」とある。そうか、漱石もタゴールを読んでみようかと思ったのか。六月にはアート・スミスの曲芸飛行に、日比谷・丸の内一帯は身動きも出来ぬほどの人出だったとある。そうか、漱石も飛行機の宙返りを想像したのだ。と、いちいちが面白い。
 大隈重信爆弾事件という記事が何度か出てきた。大隈は明治時代に爆弾で重傷を負ったが、これは大正五年に起きた未遂事件だ。このときの爆弾は不発に終わった。五月には、帝大助教授がこの不発弾について「ほとんど爆破能力なし」と「被告側に有利な鑑定」をした。それでも六月二十日には主犯福田和五郎に死刑が求刑され、七月に「判決は無期懲役」と続く。その一連の記事がたまたま「明暗」の裏側に載っている。
 調べてみると、漱石の『草枕』のヒロイン那美のモデルとなったのは前田ツナという熊本の名家の娘で、その実弟(前田九二四郎)がこの爆弾事件の被告だった。連載四十四回の裏には九名の被告の判決一覧が載る。新聞の連載小説の切り抜きは、なるほど、その時間も一緒に切り取っている。
(古書店主)







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