書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆添田馨
今はもういない吉本さんとの、これも新たな出会い──「吉本隆明さん―逝去一年の会」という稀有な機会
No.3106 ・ 2013年04月13日




 ふだん会いたくてもなかなか叶わない人士が一堂に会する機会というのは、そうそうあるものではない。去る3月16日にあった「吉本隆明さん‐逝去一年の会」は、まさにそうした稀有な機会だった。吉本さんが去年の3月に亡くなってから約一年が経過したが、その間こうした趣旨の会は特に開かれなかったと記憶する。会場に集った八十名ほどの参加者は、いわば吉本さんの“不在”を中心にそれぞれ有為の関係の網目を結びなおす良い機会になったのではないかと思う。
 私が特に惹きこまれたのは、福島泰樹氏による『転位のための十篇』の突然の朗読だった。その冒頭の「火の秋の物語」を聴いたとき、朗々と発する彼の迫力ある声調もあって、私などは吉本さんを静かに偲ぶどころか却って異様な感動に全身を包まれてしまい、興奮を禁じ得なかった。というのも、少し前に別のところでこの詩についてのある未確認情報を耳にしていたからである。
 この詩は「あるユウラシヤ人に」との副題があり、作中でその人は「ユウジン」と呼びかけられている。「ユウジン きみはこたえよ/こう廃した土地で悲惨な死をうけとるまへにきみはこたへよ」あるいは「きみの眼は太陽とそのひかりを拒否しつづける/きみの眼はけつして眠らない」というようにである。そして私が聞いたのは「ユウジン」は漢字表記にすると“裕仁”になるというものだった。そのような読み方はこれまで思いも及ばなかったので、頭蓋に衝撃が走ったのである。朗読を聴きながら、この詩が昨日までとは全く異なった相貌のもとに迫ってくるのを感じたのである。今はもういない吉本さんとの、これも新たな出会いだったのだと思う。
 会場に設けられた献花台には晩年の吉本さんの遺影が掲げられ、清酒「横超」の一升瓶がどこか意味ありげに置かれていたのも印象的だった。吉本さん本人が揮毫したお酒とのことだった。最後に挨拶した齋藤愼爾氏が、今後「横超忌」というかたちで年に一回、吉本さんを偲びこうして集う機会を設けていくのだと話されていた。東京では桜の咲くすこし手前のこの季節に、それも悪くないなと、帰りの道すがらまだ咲いていない桜の並木を見上げて、そう思った。
(詩人・批評家)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約