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評者◆ころから・木瀬貴吉代表
「小出版社にも十分可能性はある」──直取引のトランスビューに流通業務を委託、多様な流通形態が新規参入のハードル下げる
I LOVE TRAIN――アジア・レイル・ライフ
米屋こうじ
ころから
サウジアラビアでマッシャアラー!
ファーティマ松本著、なみへいイラスト
ころから
No.3105 ・ 2013年04月06日




 2013年1月、新しい出版社・「ころから」(東京・赤羽)が誕生した。第三書館に勤めていた木瀬貴吉氏(46)が昨年12月に同社を退職して、仲間2人と立ち上げた。アジアとオルタナティブな生き方をテーマに、1冊ずつ丁寧に売りたい本を出版していくというのが同社の姿勢である。3月8日には20年にわたってアジアの鉄道写真を撮り続ける米屋こうじ氏の写真集『I LOVE TRAIN――アジア・レイル・ライフ』を刊行、4月1日にはサウジアラビで子育てする日本人女性のエッセイ『サウジアラビアでマッシャアラー!』を出版する。代表の木瀬氏は「書店も含めた出版業界は他に比べてフェアな業界。小出版社でも世の中に対する訴求力は大きい」「また石炭産業のように国策に左右されるのではなく、各社が将来性に責任を持てる」などと創業した理由を語る。
 一見、不思議な社名「ころから」の由来は、大きな岩を運ぶ道具・コロにある。人はより良いコロを作ることに専念するあまり、コロ以外の方法を発想できなくなることがある。そうではなくて、「コロから」別の方法へと発想を転換するような、パラダイムシフトを促すような本を出したい――、そんな思いが込められている。
 木瀬氏は社会に出てからずっと出版業界に携わっていたわけではない。むしろ、彼の業界歴はおよそ5年と短く、40代からのスタートである。出版業界に入ったのは、勤めていた地域紙が自主廃業した際に、旧知だった第三書館の北川明社長に声をかけられたからだ。「出版社をやる気はないか」。そう言われて木瀬氏は「当時、業界のことが全然分かっていなかったので、気軽にやります」と返事をした。「ただ、経験もお金もない」と北川社長に伝えると、「まずは第三書館で修業すればいい。3年は面倒みてやる」と入社を勧められた。さらに金銭面については「5万円で会社を興した」と今では冗談と思えるような話を、当時の木瀬氏は疑わなかった。
 41歳にして初めて出版社に勤めた木瀬氏が驚いたのが「第三書館の“悪名”の高さ(笑)」だった。「足かけ5年いたが、第三書館を知らないという業界人についぞ会わなかった」という。その驚きが、創業への一つの理由に転換した出来事が、第三書館が出版した『流出「公安テロ情報」全データ』をめぐる一連の騒動だ。「刊行に対して批判もあったが、公安がどれほどひどい捜査をし、かつずさんであったかが、世に問われたことは大きい。社員3人の会社でも、これだけ大きな問題提起ができる。大手と小出版社では広告力に差はあるにしても、その差がそのまま刊行物のクォリティの差にはならない。非常にフェアな業界だと気付かされた」。
 木瀬氏は大学中退後に、NGOのピースボートにボランティアスタッフとして関わり、その後は事務局長を務めた。足かけ15年、ピースボートに在籍し、船で世界を7周したという経歴も持つ。
 「ピースボートにいた時に自分のテーマであったのが『フェア』であること。同じ労働量でも国によって賃金が何十倍にもなる。これは能力差ではなく、為替格差に過ぎない。これはフェアではないと、ずっと考え続けていた」
 この騒動を機に、本気で出版社を興そうと考えるに至った。しかし、ちょうど約束の3年を迎える年に東日本大震災が起きた。約束の時とはいえ、混乱した状況での独立は無理と考える一方、『TSUNAMI 3・11 東日本大震災記録写真集』、『同PART2』『同PART3』の編集作業にも追われていた。
 「そろそろどうか」。
 震災で立ち消えていた独立の話を北川社長に持ちかけられたのが2012年10月だった。「確かに、出版業界の規模はどんどん縮んでいる。しかし、銀行や家電業界、自動車業界は資本の小さい順に潰れていったが、出版社は小さい順に消えていくわけではない。小さい会社でもやっていけるし、大きなところでも潰れる。『いまなぜ起業するのか』と多くの人から言われたが、一つずつ現実的にみてきて、十分可能性があると思っている」。
 出版社を立ち上げる際の一番の難関といわれるのが、書籍・雑誌の流通を担う取次会社との口座開設だ。委託制度のある出版業界では、取引の継続性が重要視される。ある程度の頻度で出版物を発行してもらわないと、取次は市場在庫と出版社への支払い・返品という“微妙なバランス”を保つことが困難になる。まして出版社が倒産してしまえば、取次・書店も損失を被る可能性がある。そのため資金の裏付けのない小規模の出版社は厳しい取引条件を提示されることが多く、これが新規参入を妨げる壁と言われる所以でもある。
 木瀬氏も取次の門戸をたたいた。しかし、他の新規出版社と同様に、取引条件は納得のいくものではなかった。一方で、委託配本をしないことについては寛容だったという。「昔は、委託配本しないで口座を開くなんてありえないと聞いていた。しかし、今は風向きが変わって、『それでもいい』という感じ。委託配本によって利益をそがれてしまう面があることに取次自身も危機感を持っているのでは?」。
 大量生産・大量流通には優れた機能を発揮する委託配本だが、木瀬氏が選んだ道は、取次を介さずに書店と直接取引するトランスビューに出荷・決済などの流通業務を委託することだった。「どの業界でも新規参入に壁はあるが、硬直化した書籍流通に対して、こういうバイパス手術があることを示したい。それに、書店に営業に行くと、思っていた以上に新規参入した我々を歓迎してくれているように感じる」。
 直取引と同時に取次との交渉も進めていきたいという木瀬氏。「取次との口座開設はステップアップとか、そういう話ではなく、書店側の選択肢を増やしたいから。書店が取次経由か直取引かを選択できるほうがフェアだと考える」。
 同社の出版のテーマの一つであるオルタナティブは、木瀬氏のこれまでの人生であり、出版や出版流通に対する彼の考え方そのものに思える。戦後から続く出版流通が制度疲労していると言われて久しいが、今も業界3者はそこから抜け出せないままでいる。それはいい「コロ」を作ろうとのめり込む人たちの姿に他ならない。外部の力を借りてでも、“コロから”発想を転換すべきなのではないだろうか。







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