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評者◆金子民雄
いい仏像は見る者の心に語りかけてくる──仏像を追うことで明らかになる、世界の横のつながり
古代クメールの神像
金子民雄監修
タイの黄金仏
金子民雄監修
No.3104 ・ 2013年03月30日




 近年、仏像ブームなるものがにわかに取り沙汰され、若い世代にも仏像鑑賞が広まっているようだが、日本の寺院、あるいは展覧会で目にするものとは異なった海外の仏像についてはどうだろうか。『タイの黄金仏』、『古代クメールの神像』という二つの書籍で仏像を紹介した歴史家の金子民雄氏はこう語る。
 「東南アジアは、かつてスリランカ経由で伝わった南伝仏教の世界で、人々は小乗仏教を信仰していますが、日本でタイやカンボジアの仏像について書かれた本は少ないんです。なぜかというと、時代ごと、地域ごとに仏像が全く異なっていますから、時代と地域によって顔、形が大きく変わるんです。分類が非常に細かいから、いざまとめるとなると大変厄介な作業なんですよ。
 たとえば、タイのアユタヤの北にロプリーというところがありますが、11世紀に雲南に住んでいたタイ族が大挙南下してきて、クメール族(カンボジア人)を追い出してここに居座ります。東(カンボジア)に移ったクメール族もいましたが、ここに留まる者もいました。するとタイ族とクメール族の混血が生まれます。面白いのはここからで、そこで仏像までが混血してしまった。つまり、顔つきはタイ族の仏像だけれど、体つきはクメール族の様式を持つ仏像が作られたり、あるいは装飾が交ざっていたりするのです。
 『タイの黄金仏』には、たとえば蛇の上に座っているロプリー様式の仏像を載せていますが、蛇に乗っているのはカンボジアのヒンズーの発想で、タイではない。それも元々は、蛇がとぐろを巻いて大雨から仏陀を救ってくれたという、インドのナーガの神話からきています。ですから、この仏像一つをとっても、同じ仏教でさまざまな繋がりが見えてくるんです。
 同じロプリー様式の仏像で蛇の上に座っていて、手に三角形の器のようなものを持っているものがあります。これはつい見落とされてしまうんだけれども、どうもお茶の葉を入れた器ではないかと思われます。タイ族がやってきた雲南はお茶の産地ですから。当時、お茶は薬でしたからね。だからこれはいわゆる薬師菩薩でしょう。仏像一つひとつを追いかけていくと非常に面白いですね。奈良の大仏開眼供養のとき、聖武天皇は参列者に茶を配ったと言われていますから」
 巻末の年表を見てみると、タイの仏像もクメールの仏像(神像)も、製作されたのは、日本の奈良~鎌倉時代に集中している。南伝仏教は日本には伝わらなかったと言われているが、日本の仏像とのつながりは気になるところだ。
 「日本とタイやクメールの仏像(神像)を比較している人はあまりいないようですね。なぜかと言うと、日本にはそれらの現物がそうないからです。たとえばカンボジアでは戦争や動乱が続き、支配国だったフランスがいいものはすべて持っていってしまった。そのおかげで、保存状態のよいものは残されてはいるんですが、門外不出ですから、なかなか日本人は目にすることができません。
 タイの仏像は奥が深いですよ。どうも日本人は、ある時代のものにぶつかって好きになると、その系統に集中してしまう。同時並行的にさまざまなものが生まれているのに、他にはあまり関心を示さない。さらに比較が進むと、とんでもない事実が浮かび上がってくる可能性がある。だから、これからの研究の良いテーマになると思うんですけれど、なかなか研究は進んでいませんね。日本では仏像は美術品としての価値もよく言われますが、仏像には信仰対象として、芸術品として、歴史の資料として、さまざまなアプローチの仕方があると思います」
 アジアの各地へと足しげく調査に出向いている金子氏だが、そもそもなぜ仏像の世界に足を踏み入れたのだろう。
 「これまでに仏教の遺跡はずいぶんと見てきました。特に廃墟となっている寺院を多く見ています。ヒンドゥー教徒もイスラム教徒も仏教寺院をつぶしてきましたから、そこを見て回っていました。ヒンドゥー教と仏教は仲間なんだけれど、インド人と仏教とは精神的にそりが合わないようです。仏教はもともとは禁欲的ですからね。
 とあるインド人に、かつてこう言われたことがありました。「日本の仏教は借り物なんだよ」と。それは仕方ないですよね。その通りですから。さらに、「日本人は明治以前には仏教の本場にまったく行っていない。仏教が日本に入ってきてから千数百年のあいだ、日本人は主に自分たちのイメージだけで仏像を作ってきた。だからあれは本当の仏像じゃない」と言われたときには少し腹が立ちましたけれどね、よく考えたらこれもその通りです。もっと酷いことには「日本の仏像なんて単なる木のお人形さんだ」と言うんです。うまくできているけれど、形ばかりで精神が入っていないというのです。これは私にとってかなり重要でした。
 はじめは仏教圏に行っても仏像の世界には手を出すまいと思っていました。私は美術商ではないですし、商売で各地に行っているわけでもない。けれども、その彼に「本物をよく見てみろ、語りかけてくるから」と言われたことが忘れられませんでしたよ。それ以来、仏像を見る目が変わりました。ただ、すぐにわかることではないのは確かです。でもね、これは非科学的だけれど、いい仏像は本当にこちらの心に語りかけてきますよ」

▼金子民雄(かねこ・たみお)氏=1936年東京生まれ。歴史家。哲学博士。大学卒業後、中央アジア史、東南アジア史の調査・研究を続ける。『ヘディン伝』『ヤングハズバンド伝』など著書多数。訳書にオコナー『チベットの民話』など。







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