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評者◆志村有弘
歴史・時代小説の数々と、〈老〉を題材とした作品──時代小説の快作「蕎麦打ち侍」(周防凛太郎「ガランス」)、ユーモアを滲ませて老いの日々を綴る「花のあとさき」(伊達次郎「風姿」)
No.3104 ・ 2013年03月30日




 印象深い歴史・時代小説と〈老〉を題材とする現代小説・短歌が心に残った。
 周防凛太郎の「蕎麦打ち侍」(ガランス第20号)が見事な時代小説。青木大四郎(埴生藩)が江戸での剣術修行を終えての帰途、難渋している伊兵衛の娘富美を救った。大四郎は藩の勢力争いに巻き込まれ、国家老らの命令で中老仙波兵庫を斬った。大四郎は仙波屋敷に囚われの身となっている母を救うべく兵庫の息子征弥と果たし合いの末にこれを倒した。武士の世界に嫌気がさし、蕎麦屋になった伊兵衛の言動がさわやかだ。いずれ大四郎は伊兵衛の娘と夫婦になり蕎麦打ちになるのだろう。誠実な脇役大坪与次郎、妖艶な絹代、可憐な富美の造形も巧みだ。大四郎は藩命に近い形で仙波を討ったものの、脱藩した形となり、母も自害して果てる。大坪も斬死した。多くの場合、政治世界の犠牲者は、政権の座にいる者たちではなく、下にいる者たちだ。ともあれ、好青年大四郎、古武士の風貌を漂わせる伊兵衛、富美の純朴さに救われる。
 本興寺更の「峠越え」(文芸中部第92号)は、明智光秀が滅んで九か月後に舞台を設定し、光秀の娘と侍女の落ち延びてゆく姿を綴る。娘の姉お玉(ガラシア)の険しい言動や物頭の優しさが作品を盛り上げ、静謐な語り口調の文体も作品に潤いを与えている。
 登芳久の「余斎乞食が来るぞ」(空跳ぶ鯨第13号)は、上田秋成の晩年を視座とする短編評伝。汚濁の中に孤独死した秋成の気ままな風貌がよく描かれている。秋成文学を詳細に調べ、時に現代が示されるのも一趣向。秋成の汚れた体から発する異臭を感じさせるのは、書き手の筆の冴えであろう。
 佐多玲の労作「未だ時、来たらず――藤井右門伝」(渤海第65号)は、藤井右門と義兄弟となる勤王の士竹内式部が奉行・所司代から取り調べられ追放となるまでを綴る。
 森下征二の「山妖記」(文芸復興第26号)は、古代に舞台を設定し、人の心の中の鬼を描く。母も兄弟も生きる上で互いに殺そうとするすさまじさ。しかし、最後はそれぞれ人間としての愛を示す。文体がやや性急という難点はあるものの、ドラマにできる作品。
 伊達次郎の「花のあとさき」(風姿第7号)の語り手は八十四歳の次郎。二つの病院に通い、酸素ボンベを使用し、白内障の手術もした。東北で六人きょうだいの中に育ち、少年時代は腕白で泣き虫。航空隊員を経て新聞記者になったというが、財布を落とした話、医者との軽妙な会話があり、少年時代、「一番になるのが苦手」で「目立たないで生きていたかった」「親の言うままに生きて、はや晩年になった」と記す。滲み出るユーモアに感嘆。そして、書き出しの文「花の香りがする。山が笑っていた」、最末尾の「独り居て ひとりに昏るる 花の夕」の句もうまい。
 菅野俊光の「生霊」(季刊作家第79号)は、コント風の作品。電車の中で、女が自分を意味ありげな目付きで見た。女性とは後にも偶然出会い、女占い師がそれは「生霊だ」と告げる。従兄が再婚したいという女性がその女占い師で、その後も意味ありげな目付きの女性を見かけたものの、「生霊」とは見えなかったという作品。「生霊」と見られた女性よりも、従兄の結婚相手が女占い師であったという落語の落ちにも似た偶然が面白い。
 短歌では、片柳之保の「死にゆくは皆死にたるか珍しく葬儀の一つもなき年なりし」(荒栲第39号)、黒住嘉輝の「老境の口惜しさを誰も言わざれど不如意なること日々に増えゆく」(塔第697号)がなんとも辛い。そして渡利杏の慟哭の歌「こんなにも哀しいものか産声(こえ)あげぬ児の居た夏の一蝉の声」(さつき第3号)が無性に哀しい。
 エッセイでは、村川良子のルポ「二風谷の秋」(法螺第67号)が、二風谷ダム建設を巡る裁判の顛末やその地に住んでいた先住民アイヌの人たちの悲しみを記す。著者の優しさに救われる。
 「Myaku」第15号が「島尾敏雄と写真」という表題で、島尾伸三が島尾敏雄関連の写真とその解説をし、岩谷征捷の「島尾敏雄と少女」、若松丈太郎の「島尾敏雄と〈いなか〉」などそれぞれの視点で、評論を寄稿。
 花野うたいの「考察 柳原白蓮事件」(層第117号)は題名通り、白蓮と宮崎龍介の恋愛事件の真相を考察。また、中西洋子の連載「焼跡に芽ぶく木のあり―柳原白蓮の後半生と歌の展開(十)―」(相聞第48号)は白蓮の第一歌集『踏絵』終章から第二歌集『幻の華』へと進み、白蓮の心情を解明。
 「文芸復興」が創刊七十年を迎えて記念特集号を組み、辻井喬の現代詩人に対する感想など傾聴に価する。「子午線 原理・形態・批評」、「日曜作家」が創刊された。同人諸氏のご健筆をお祈りしたい。「LEIDEN―雷電」第3号で安田有が「吉本隆明追悼」と銘打って「吉本さんから―(吉本さんへのきれぎれの手紙)」で吉本への遠慮がちな思いを丁寧に語る。室谷とよこが「玲瓏」第83号で「中島渉さんを悼む」と題して中島渉の人となりを追慕している。ご冥福をお祈りしたい。(相模女子大学名誉教授)







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