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評者◆砂川昌広(宮脇書店西淀川店、大阪府大阪市)
日常に新たな奥行きが生まれる物語──松田青子著『スタッキング可能』(本体1500円・河出書房新社)
No.3103 ・ 2013年03月23日




 2ページ読んで笑い転げた。10ページ読んで笑いが止まらなくなった。20ページ読んで目を疑った。50ページを過ぎたころ目が離せなくなっていて、91ページまで読み終えたとき、この小説の大ファンになっていた。残りの収録作もむさぼるように読んだ。今まで味わったことのない読後感。小説とは言葉の積み重ねであるということを、今更ながら思い知らされる。
 表題作「スタッキング可能」の舞台はどこにでもありそうなオフィスビルだ。スタッキングとは積み重ねるという語意。スタッキング可能な椅子、スタッキング可能な食器などと使う。
 松田青子は私たちが見過ごしてしまう些細な違和感を鮮やかに拾い上げ、絶妙なセンスで笑いに転化する。ただ面白おかしい小説というだけではない。この小説の笑いには共感がある。ありがちな会話や心の叫びに笑いながらも思わず頷いてしまい、私もいつのまにか同じオフィスビルで働く同僚の心境になっている。相手を笑っていたはずが、読んでいる自分のなかにもこの会社員たちと同じ部分があることに思い至る。それぞれのフロアで繰り広げられる職場の日常。それらがテンポよく積み重ねられ、気がつけば登場人物と共に、この小説を読んだ私たちも、そこに積み重なっていく。
 同時収録されている「マーガレットは植える」も深く引き込まれる物語だ。送られてくるものを次々に植える謎の仕事をする主人公。それは当初「綺麗な音のする風鈴」など美しいものであったが、「死んだねずみ」など徐々に不穏な物へと変わっていく。その細かい理由などは説明されない。
 「もうすぐ結婚する女」は主人公である女性ともうすぐ結婚する女とのエピソードが次々に語られる。友人、同僚、電車で偶然隣に座ったもうすぐ結婚する女たち。その記憶を呼び起こしながら、また別のもうすぐ結婚する女に会いにいく女性。もうすぐ結婚する女たちが何か行動するたび、何か思いだすたびに「もうすぐ結婚する女は」という主語が執拗に繰り返される。様々なもうすぐ結婚する女が積み重なってゆき、「もうすぐ結婚する」という修飾語のつかない、ただの「女」である主人公の存在が際立ってゆく。
 同じような景色を重ねていくことで違った景色が見えてくる。言葉を何度も繰り返すことで、言葉の意味が変わって感じられる。ひとつの物語を読み終えたとき、今まで何気なく過ごしていた日常に新たな奥行きが生まれる。景色が変わり言葉の意味が変わり、私も少し変わったような気分になる。
 本書は発売当初から話題となり、テレビや新聞雑誌などいろいろなメディアで紹介されている。私が本書を読むきっかけとなったのはツイッターだった。それは誰か特定の人物のおすすめコメントではなく、いろいろな人が書いたこの本の感想を眺めていて、背中を押されたのだ。私のこの書評もそんな風に本書を手に取るきっかけのひとつになればと思いながら書いた。
 素晴らしい本を読んだとき、それを誰かに伝えたいという気持ちもまた、スタッキング可能だと思う。







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