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評者◆殿島三紀 
いつか行く道──監督・脚本 ミヒャエル・ハネケ『愛、アムール』
No.3102 ・ 2013年03月16日




 『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』『レッド・ライト』『故郷よ』『3・11後を生きる』『愛、アムール』などを観た。
 『マリーゴールド~』。最近、高齢者を主役にした映画が多い。ジョン・マッデン監督、ジュディ・デンチ主演の本作はまさにそれ。60代男女の自分探しの映画だ。楽しい。『レッド・ライト』。ロドリゴ・コルテス監督のサイキック・ミステリー。R・デ・ニーロの黒いオーラが怪しげ。『故郷よ』。ミハル・ボガニム監督作品。チェルノブイリ原発事故を初めて劇映画として描いた衝撃作だ。事故後27年を経た現在、福島と重なり、重く迫る。『3・11後を生きる』。あの日の津波で家族を失った家族の心情をJホラーの大家・中田秀夫監督がドキュメンタリー映画にした。逆縁の悲しさが立ち上ってくる。
 今回ご紹介するのは『愛、アムール』。ご丁寧に愛を二段重ねにしたタイトルの本作。その主役は老齢の夫婦である。ミヒャエル・ハネケ監督作品。2012年カンヌ映画祭『白いリボン』(09)に続き、本作で2作品連続パルム・ドールを獲得した。もちろんハネケ監督のこと、「おじいさんとおばあさんは幸せに暮らしましたとさ」で締める訳もなく「こんなのありかよ」という手痛いボディー・ブローをかましてくれる作品だ。その最初の一発がキャスティング。夫ジョルジュを演じるのは、フランシス・レイのあの曲と共に浮かんでくる名画『男と女』(66)で「男」を演じたジャン=ルイ・トランティニャン。そして、妻アンヌを演じるのは、これまた往年の名画『二十四時間の情事』(59)のエマニュエル・リヴァ。監督アラン・レネ、脚本マルグリット・デュラス、原爆投下後の広島を舞台にした日仏合作映画の同作は、初めはカンヌ国際映画祭でフランスから正式出品されるはずだったが、「時宜を得ない」との理由で却下、コンクール非参加作品として特別上映されたといういわくつきの作品である。映画祭側が当時の米国の心証に配慮したのだそうだ。いや、そんな話はいい。ここで言いたいのはエマニュエル・リヴァの美しさだった。廃墟となった広島の瓦礫が太陽光線を跳ね返すギラギラした白さを背景に佇む彼女の美貌に息を呑んだ記憶がある。
 そのエマニュエルは今年86歳、ジャン=ルイ・トランティニャンも82歳になる。往年の名画に主演した名優が堂々とその老いた姿をスクリーンにさらし、そのことがそのまま映画の中の老夫婦の過去と現在を現すことになる。美しかった男女がその老いを曝すことは残酷だ。だが、(旧作で見せた)激しい愛と美しさが本作では必須なのだった。時間の3Dとでも言うべきか。ふたりの悲しくなるほど老いた姿の背後に見え隠れするかつての日々。重層的な年月を感じざるを得ない。名優たちのかつての姿が、老夫婦の若き日々を想起させる。ハネケ監督はそんな錯覚すら本作に盛り込んだ。すごい人だ。
 パリの高級アパルトマンに住む音楽家の老夫婦。悠々自適の穏やかな日々を過ごしていたが、ある日、妻が発病、心身ともに壊れていく。献身的に看病する夫。彼は娘やヘルパーの援助も断り、家族からも社会からも孤立していく。そして……。
 ジョルジュの幻影の中でピアノに向うアンヌの美しさ。愛は老若や姿かたちの美醜だけでとらえてはいけない。美しい映像だ。
 名優たちの演技が、いや、存在が、ジョルジュとアンヌという役だけではなく、彼らの実人生を想起させ、何度も衝撃を受ける。そして、ラストにくらうボディー・ブローには胃を押さえて屈みこむしかない。このショックはいつか行く道だから? 違う。思いがけない愛の一断面だからだと思う。(フリーライター)

※『愛、アムール』は、3月9日(土)よりBunkamuraル・シネマ、銀座テアトル・シネマほか全国ロードショー。







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