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評者◆三上治
吉本隆明の思想と行動のスタンス──安保闘争敗北後の学生たちを支える思想展開をしながら、日本の左翼思想、あるいは反権力思想の創出を目指す
No.3102 ・ 2013年03月16日




(4)安保闘争に強い敗北感があった吉本

 経産省の隅に脱原発のテントがある。もう540日を超えてあるが、このテント前ひろばでは時折、時間に関係なく演奏会のようなものが行われることがある。この間も終電車近くに泊まりの面々が小さな楽器の演奏をはじめ、僕と同年代の人が静かに「アカシアの雨がやむとき」を歌い始めた。僕も横でハモっていたのだが、この歌は60年安保の後に流行っていた。吉本宅が梁山泊のような様相を呈していた時期である。吉本の家でこの歌を唄ったかどうかの記憶はないが、学生たちは好んで歌っていた。
 この歌は安保闘争最中の60年4月に発売されたが、流行るのは闘争後で60年の暮れからだったような記憶がある。安保闘争と敗北、あるいは挫折はセットのように語られてきた。確かに大きな意味では安保闘争は敗北であったことは間違いではないが、挫折や敗北は時代が流行らせた言葉であるという面もあり、人によっては微妙に違っていた。吉本は安保闘争に深い敗北感を持っていたようだった。それは彼が安保闘争にどう臨んでいたかに関係がある。彼は六月行動委員会に属していたが、これは出版社の編集者などで構成され、全学連主流派の学生などと行動を共にしていた。彼がそうした大きな理由の一つはその行動様式に共感したことである。ラジカルな行動であるが、そこに自由さと自立性を見ていた。これを独立左翼の運動としてイメージしている。ロシア革命から始まる左翼運動の枠組みから独立した左翼の運動というわけである。さらに安保闘争を日本資本主義に対する最後の闘争と位置づけていた。
 「さらにもう一つ、自分なりの判断に属しますけど、この安保闘争というのが、戦後日本の資本主義の秩序に対して反抗できる最後のチャンスだろうなというのがありました。つまり、これでダメだったら、もう日本で社会主義を実現するとか、共産主義を実現するとかそんなことはもう成りたちっこないよと思っていました。これが最後のチャンスじゃないか、みたいなことですがこれはやはり重要だと思えたのです」(「日本資本主義に逆らう独立左翼」)
 「結局、何をしたかというと、何も出来なくて学生さんの後にくっついて行っただけということになりますが、とにかく終わって、いわゆる挫折感ということになるわけです。結局やれる限度はここまでだという、これでもって日本の戦後社会、戦後の資本主義社会は万々歳になるよな、というのが終わった時の感想です」(前同)
 吉本は60年の安保改定に対する闘争を日本資本主義に対する闘争と位置づけていて、安保条約の面は二の次にしか見ていなかったと語ってもいる。安保闘争を安保破棄の闘争として主題化することを重要視してはいなかった。日本資本主義、あるいは日本の国家権力との闘いという面を中心に据えていたのである。こういう観点があったから挫折感も強かったのである。

(5)独立左翼的な運動の再建という目標

 僕は安保闘争が日本資本主義に対する最後のチャンスとは考えられなかったが、当時、すでに日本社会では革命の条件である政治的、社会的危機は遠のきつつあると感じていた。学生になったばかりであったのだから最後のチャンスという認識を持っていないのは当然であったが、安保闘争が革命的危機を媒介にしない中で革命的(?)に闘わざるを得ない矛盾のようなことは直観していた。行動的に急進化してもせいぜいのところ政府の政策阻止が精一杯で、政治危機すらつくりだせない状況にあることは分かっていたのである。急進的言辞と現実の矛盾は感覚的に理解できていたと言える。
 左翼的な理念の外から闘争に加わった僕らには、普通の感覚としてこれはあったように思う。安保の後でも左翼グループでは危機(論)が強調されていた。それしかなかったと言ってもいいが、内部議論の危機(論)と現実意識の距離は認識していた。1920~30年代から危機論で人々を扇動する左翼の伝統的な様式は続いていたが、それに醒めている面もあった。吉本は全学連主流派の学生たちの行動や理念を独立左翼的なものとして期待した。ここに次の時代を担う、あるいは日本の資本主義を超えていく萌芽を見ていたということになる。先にも述べたことだが、ブントに指導された全学連主流派の行動に自由で自立的なものを見ていた。ソ連や中国などの国際共産主義の流れとは独立した左翼理念を持とうとしていた部分への共感があった。これはマルクス主義(ロシア革命以降に権威となり、思想的支配力を持つに至った左翼理念)から独立した理念を築こうとしていた部分である。
 ただ、安保闘争の敗北は総崩れ的な状態を生みだしていた。学生たちはばらばらな状態の中で孤立を強いられていたし、全学連主流派の行動を支えていたブントは四分五裂状態だった。吉本宅が梁山泊の様相を呈した中で吉本はある意味で敗戦処理のようなことを引きうけていた。僕らも敗戦の一員だったといえるが、吉本は敗北の中から次を展望しようとしていた。これを自力でやるというのが吉本の強い決意であり、自立思想の実践そのものであった。吉本の思想と行動のスタンスだったと言える。
 これから何かが始まると考えていた僕らと、安保闘争で強い敗北感を持った吉本とでは微妙に違っていたのかもしれないが、独立左翼的な運動の再建という意味では共通の目標を持っていた時代だった。吉本は1962年に『擬制の終焉』を出す。これは安保についての代表的な著作である。吉本は安保闘争後の敗北期の学生たちを支える思想展開をしながら、日本の左翼思想、あるいは反権力思想の創出を目指すことになる。マルクス主義の系譜とは別の思想の構築を目指す歩みになるのである。僕らは運動面で再建を期していた。
(評論家)
(つづく)







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