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評者◆中江有里
目に見えず聴こえなくとも確かに「存在している」もの──芸能界から姿を消した表現者たちの「その後」への想い
ティンホイッスル
中江有里
No.3102 ・ 2013年03月16日




 弱冠十五歳で芸能界入りして以来、女優・脚本家として活躍を続けてきた中江有里氏が、今年一月、初の長篇小説となる『ティンホイッスル』を上梓した。氏が内部から見つめ続けてきた〈芸能界〉を舞台に、一般的なイメージとは異なる〈日々働き、悩み、葛藤する人々〉として業界人たちのありのままの姿を瑞々しい筆致で描いている点が特色だ。
「芸能界に入るのはえてして若い時期の方が多く、私も高校一年生の時からレッスンを中心に活動していました。一方で辞めていく方が決断するのも、やはり若い時期であることが多いんです。早い段階で挫折しやすい世界だということもあります。世間で彼らは「消えてしまった」と言われますが、もちろん実際は「消えてしまった」訳ではなく、別の道を歩んでいるはず。私の中には「彼らはなぜ辞めていったのだろう、今どんな道を歩んでいるのだろう」という想いがいつもありました。そういう例はたくさんあるにもかかわらず、意外と描かれていない。内部からの視点で、一つの決断をして辞めていった彼らのその後を描きたいと思ったのが、本書執筆のきっかけです」
 本書の中にも、過去に一度芸能界デビューを果たしたが、所属事務所の倒産をきっかけに引退した一人の女性が登場する。芸能事務所のマネージャーである主人公の藍子は、彼女との邂逅を引き金として、自らのアイデンティティへの揺らぎを感じ、煩悶することになる。
「芸能界における「芸能人」は「商品」に置き換えることもできます。普通の「商品」であれば、売れなかったら「製造中止して新しいものを作りましょう」となりますが、芸能界では商品が「人」だからそう簡単にはいかない。製造中止の代わりに、残酷に言えば「切って」しまって、マネジャーは新しい人を探すことになる。
 マネジャーには様々なスタイルがありますが、本来は会社に所属している方が多いです。でも、私が描きたかった「表現する人たち」の、多岐にわたって「見えないところへ行ってしまう運命」を追うためには、藍子のようにフリーの立場が必要でした。なおかつ自分自身の信念があって、タレントや女優を「商品」として見限れない人柄。彼女がスカウトした人間たちは、もちろん全員が売れるわけではない。そこで彼女は「自分が運命を狂わせたのではないか。彼らには他にもっとやるべきことがあったのかもしれない」と、彼らの喪われた時間を深刻に考える。フリーだからこそ「自分がこの子を売らなければ自分も仕事がなくなってしまう」という切羽詰まった状態を経るだろうし、それによってタレントや女優と近しい痛みを共有できる、そういう立場に置きたいと考えました」
 芸能界から姿を消した人々の「喪われた時間」を含めて、目に見えないものや聞こえないものへの柔らかな眼差しが、本書には多分に満ちている。
「物語の中で登場する壊れたティンホイッスルという楽器が象徴するように、音が鳴らないからといって、その音が「存在しない」訳ではない。一度出たことがあるなら、その音は確かに「存在している」のです。その感覚は、読書にも通じるところがあります。本から音は聞こえないし、匂いもしない。映像が紙の上に浮かぶ訳でもない。もしそうなったら大変なことになる。うるさくてしょうがないですよね(笑)。そのように、考えようによってはただの紙束であるはずのものになぜ私たちがこれほどまでに惹き込まれるのかと言うなら、読んだ人にしか見えない、聴こえない感覚がその人の中に「存在している」からだと思うのです。
 そのように「存在している」ということを一人でも感じる人がいて、それを共有できた時、「確かに存在していたんだ」と改めて思える瞬間は非常に心動かされるものだと感じますし、そういうところを一番描きたかったのだと思います」
 現在、中江氏は本に関するエッセイを執筆中とのこと。最後に今後の活動について伺った。
「執筆業も含め「読書」というものがこれ以上衰退してほしくないという想いがあるので、なるべく「読書をする」という意識を皆さんの中に広げられるような仕事をしていきたいです。それは亡くなった児玉清さんの願いでもあります。私が勝手ながら遺志をついで、これからもその輪を広げていけるよう頑張りたいと思っています」

▼中江有里(なかえ・ゆり)氏=女優、脚本家、作家。1973年大阪府生まれ。02年『納豆ウドン』でBKラジオドラマ脚本賞最高賞受賞。NHKBS2「週刊ブックレビュー」(現在は番組終了)で長年司会を務めた。







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