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評者◆高頭佐和子(丸善・丸の内本店、東京都千代田区)
職人にとって大切なものとは──建築知識編集部編『建設業者──三七人の職人が語る肉体派・技能系仕事論』(本体1400円・エクスナレッジ)
No.3101 ・ 2013年03月09日




 一日の業務で一番好きなのは、入荷してきた商品を箱から出していく「検品」という仕事だ。バックヤードの机の上に新刊を並べ、担当ジャンルの商品を台車に載せて売り場に運んでいく。売りたいと思っていた商品が入ってくる喜びがあるのはもちろんのことだけれど、普段は直接扱わない他ジャンルの商品との出会いがある時間だ。読者としては生涯手にすることのなさそうな専門書だけれど、ちょっと気になる内容の本にときめいたり、インパクトある装丁を見て同僚たちと盛り上がったりするのが楽しい。
 今回紹介する『建設業者』も、検品時に心惹かれた本のひとつだ。モミアゲの長い坊主頭のいかつい顔の熟年男性が、こちらを睨むように立っている表紙が目に入った。怖いけれど、なんだかかっこいい。建設業にはほとんど関心を持っていなかったし、職人萌えなどの趣味も特になかった私であるが、思わず手にとってしまった。
 解体工、鳶、クレーンオペレーター、左官屋、電気設備、突き板屋、石工、宮大工……。あらゆる種類の建設業者へのインタビューをまとめた本である。私でもなんとなくイメージできる仕事もあれば、そんな職業があることすら知らなかった業種、仕事内容について大きく誤解をしていた仕事もあった。「現場をきれいにできない人間にこういう仕事をする資格はない」(鉄骨鳶)、「われわれが建物を血の通ったものにしているんだという思い」(給排水設備)、「今は見えなくても、未来の職人に対してだけは恥ずかしくない仕事をしておきたい」(ウレタン吹き付け)、「金儲けはできなくても仕事の跡だけはきっちり残しておく。それが職人の技術」(宮彫師)。こういった職人たちのストレートな言葉と仕事の哲学に心を打たれ、力強いけれど物静かな佇まいを写しとった写真に釘付けになった。
 一軒の建物ができるまでに、どれほどたくさんの専門業者が必要で、それぞれに技術、プライド、経験、葛藤を持った職人たちが微妙な力関係で絡み合うようにして現場をつくっていることを、この本を読まなければ知らずに生きていったのかもしれない。タイトルと内容を聞いただけではあまり興味を持たなかったはずの本なので、こんなインパクトのある装丁で関心を持たせてくれた作り手の方々には感謝の気持ちでいっぱいである。
 彼らの語ることを次々に読んでいくと、さまざまな職人から同じ発言が聞こえてくる。職人にとって大切なのは技術だけでなく、思いやりや人柄であるということ。後進を育てることの困難さや、技術を発揮する現場が減っていくことの辛さ。二十年三十年先、時には何百年先を見据えて仕事をすること。新しいものを取り入れ、学んでいくことの重要性。働く人なら誰でも自分の職業に引き付けて考えずにはいられないメッセージではないだろうか。
 私自身、時に共感し時に自分の仕事ぶりを恥ずかしく思いながらこの本を読んだ。私が商品として扱っている書籍も、建設業とは違った意味で、矜持を持った人々が工夫を凝らしてつくっているのだと思う。その商品を大切に扱い、魅力あるものに見せる売り場をつくるのが書店員の仕事だ。形として何かを残すことはないけれど、必要な仕事でもあるはずだ。
 「一生懸命やった仕事というのは必ず誰かが見ている。常にいい仕事をするしかない。」という左官屋さんの言葉を、忘れないで仕事をしていこう、と素直に思った。







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