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評者◆星真一(紀伊國屋書店梅田本店、大阪府大阪市)
背すじがぴんと伸びる愛と鎮魂の物語──高田郁著『あい──永遠に在り』(本体1600円・角川春樹事務所)
No.3100 ・ 2013年03月02日
日々を暮らしていくなかでふと、背すじが丸くなってるなあ、縮こまってるなあ、と感じることがある。そういうときは無性に凛々しい文章が読みたくなる。物語とは関係なく、ことばのリズムや選びかたのきりりとした書き手が好みで、そこに日本語らしいやわらかさが加われば、もう言うことがないのだけれど、たとえば、「みをつくし料理帖」の高田郁さんもそういうたいせつな作家のひとりだ。
今年の初荷で入荷した最新刊『あい――永遠に在り』(角川春樹事務所)を読み、縮んでぎしぎし言っていた背すじがぴんと伸びた。背なかに長い物差しを当てられる気持ちがした。自分の足下ばかりでなく、しっかりと遠くを見なければと思った。 『あい』は、幕末から明治にかけて激動の時代を生きた実在の医師、関寛斎とその妻、あいの生涯を描いた、重厚な歴史小説だ。 関寛斎については、司馬遼太郎『胡蝶の夢』の主人公のひとりだし、これまで多くの本や資料がある。ものなりの悪い上総国中須賀に生まれた寛斎は儒者の養父から厳しく教育されて、やがて佐倉順天堂で蘭医学を学んだ。中須賀から銚子に移って開業した後、豪商、濱口梧陵の支援を受けて、蘭学の中心地であった長崎に留学、オランダ人医師、ポンペに師事。修業を終えて戻った銚子で、コレラの蔓延を防いだことを評価され、阿波徳島藩の侍医として士分に取りたてられる。戊辰戦争に従軍すると敵味方の区別なく傷ついた兵士の診療に当たり、多くの命を助けたため新政府参謀の大村益次郎らに激賞された。そんなふうに要約すると、いかにも明治らしい立身出世の物語に聞こえてしまうかもしれないけれど、寛斎はそういう世俗の価値とは無縁のひとだった。 「何の躊躇いもなく、他人の厚意に寄りかかり甘えられる人ならば、夫の人生はもっと違ったものになるだろう」(一三四ページ) 貧しい者からは薬礼をとらないし、梧陵から支援された留学資金もきちんと返済しなければ気がすまない。戊辰戦争の手柄で得た褒美や栄達もすべて断ってしまう。こんなひとを支えた奥方はつくづく大変だったろうと思う。 高田さんの筆は妻のあいに寄り添い、夫婦ふたりの物語として、明治の傑物、関寛斎の人生を描きだそうとする。不器用でかたくなな夫の決心をそっと後押しする妻。家を守り、子を育てながら、夫の身を案じて帰りを待ちわびる妻。金婚式の後、高齢をかえりみず北海道へ渡り、未開の斗満原野を開拓して牧場を開くという夫を理解し、ともに海を渡る妻。あいのひたむきさは「みをつくし」の澪を彷彿とさせる。高田さんの描く女性たちはいつも、姿勢がすっくとして美しい。 「みをつくし料理帖」は文庫書き下ろしの人気シリーズで、多くの読者が続刊を待ち望んでいるし、もちろんわたしもそのひとりだけれど、その「みをつくし」を一年間休んで昨年、高田さんが文字どおり心血を注いだのが『あい』なのだった。じつは昨年二〇一二年は、関寛斎の没後百年。高田さんはきっと、寛斎とあいの墓前に供えるようにこの物語を紡いだにちがいない。その気持ちがしずかにこころをうつ、愛と鎮魂の物語だ。 半年間、この欄を担当いたしました。作品とは真剣勝負のつもりで、作家さんにはラヴレターのつもりで書きました。お目通しくださったみなさまの読書をほんの少しでも励ますことができていたら、望外の幸せです。ありがとうございました。 |
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