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評者◆トミヤマユキコ
ふみふみこ先生の描く愛はどれもこれも美しく歪んでいる
ぼくらのへんたい 2
ふみふみこ
No.3100 ・ 2013年03月02日




▲【ふみ・ふみこ】マンガ家。1982年、奈良県生まれ。『月刊COMICリュウ』に掲載された自身初のストーリーマンガ「女の穴」「女の頭」「女の豚」に描きおろし作品「女の鬼」を加えて単行本化された『女の穴』がマンガ好きの間で話題となる。登場人物にセクシャルマイノリティが多いのが特徴であり、最新作『ぼくらのへんたい』では、女装癖のある男子中学生3人の性を描いている。

 ふみふみこ『女の穴』の著者近影には、うしろを向いた中年男性の写真が使われている。畳の部屋に立ち尽くす、よれよれのワイシャツ+スラックス、そして相当寂しい感じの頭頂部。この人が本当にふみふみこならば、これはもうホンモノの「変態メルヘンおじさん」じゃないか! と思って大興奮した。

 ふみふみこのマンガは本当にかわいらしい。柔らかいタッチで描かれる、ぽっちゃり&お肌スベスベの人たちによるセックスシーンは、余計なシズル感がない。エロさというよりは癒しを感じるような気持ち良さがにじみ出ている。女の子たちの下着もつるつるの化繊とか総レースではなく、コットン100%っぽいのが妙にリアル。ストーリーのエグさと質感の優しさ、この組み合わせはまさしく珍味。クセはあるけどハマってしまう。こんなマンガが描けるおじさんがいるなんて……!

 しかし、実はこの著者近影はフェイクであって、ふみふみこは女子である。しかし、女子であると知ってもなお、作品に対する評価は変わらなかった。むしろ、彼女の力量には驚かされるばかりだ。

 特筆すべきは、登場人物にゲイが多いのに、BL臭があまりしないということ。BLマンガをきちんと通過せずに大人になったわたしのような読者でも難なく受け入れる懐の広さがある。

 BL偏差値が低い人間には、どこが萌えポイントなのか、どのカップリングが正解なのか、まずそれが分からない。もちろん、それが分からなくても読み進めることはできるけれど、きちんと読めていないのではないかという思いが絶えずついてまわる。それはある種の疎外感だ。物語を読んでいながら、物語に入り込めない疎外感。酷いときには劣等感さえ覚えてしまう。

 その点、ふみふみこ作品はBLの作法を知らぬ者に優しい。ムリに萌えようとしなくても、ただ目の前にある物語を素直に読めば良いと言ってくれているような気がして、ありがたいと思わずにはいられない。

 『女の穴』には「ゲイで初老でデブでチビでハゲ」の男が登場する。男の名は村田。高校の国語教師であり、見た目は著者近影のイメージに限りなく近い。

 彼の思い人は、勤務先の高校に通う取手くんという男子高生だ。しかし取手くんは完全なるヘテロ。つまり村田の恋は成就しない。しかしここには、もうひとつの成就しない恋がある。取手くんのクラスメイトである小鳩ちゃんが村田に恋しているのである。しかし村田はゲイで取手くんが好き……この恋が成就しないと見るや、小鳩ちゃんは村田の弱みを握り、「豚」として飼い慣らしはじめる。純粋な恋心がねじれた支配欲に変化してゆくさまは、程度の差こそあれ、誰しも身に覚えがあるのでは?

 取手くんをオカズにしてマスターベーションする村田を見る程度で満足していた小鳩ちゃんが、やがて村田を自宅のクローゼットに押し込めて、自分と取手くんのセックスをのぞき見させるようになる。いじめれば嫌われ、支配すれば逃げられる。けれどその隘路にずんずん入り込んでゆく小鳩ちゃん。その思いにセクシャリティは関係ない。そして読者はいつの間にか「セクシャルマイノリティのお話」という入口から「わたしたちみんなのお話」という出口へとたどり着いている。「彼ら」の物語=他人事で終わらせない構成は実に見事だ。

 『ぼくらのへんたい』にも、いわゆる男の娘(おとこのこ)のゲイ男子が出てくる。

 中学生のパロウは、好きになった先輩に「俺ホモじゃないから女の格好してるなら付き合ってもいいよ」と言われ本格的な女装をはじめるが、女装の時しか可愛いと言ってもらえない関係は、もはや恋愛と呼べるかどうかすら怪しい。そんなパロウは、あるとき、女の子になりたいと願う男子中学生、まりかに性のてほどきを試みるが、拒絶されてしまう。

 愛されるため、女装することを受け入れたパロウとは違い、まりかはパロウに惹かれながらも、なし崩し的に関係を結ぶことにはノーを突きつける。「……パロウさんのこと好きです でもこんなのは嫌です」という言葉に、パロウは「この子は二年前の自分とは違う」と思う。そして自分を「汚い僕」だと感じてしまう。

 ここにも、セクシュアリティを超えた愛の問題が描かれている。愛されるために、自分を相手に合わせるべきか否か。相手に合わせれば(合わせなければ)どんな未来が待っているのか……。

 ふみふみこ作品においては、愛することで歪んだり汚れたりするような愛だけが、真実なのだという気がする。しかし不思議と暗さや絶望は感じられない。歪んでいても汚れていても、どこか美しい。言うなれば大変バロックなのである。そして読者は、いびつな真珠やねじくれた盆栽を愛でるようにして、彼女の作品を読めばよい。そうすればきっと、自分の恋愛に潜むいびつさや醜さを少しは許せるようになるだろうから。
(@tomicatomica ライター)







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