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評者◆秋竜山
後ろ姿だからいい、の巻
No.3098 ・ 2013年02月16日




 西岡文彦『絶頂美術館――名画に隠されたエロス』(新潮文庫、本体五九〇円)の表紙の買わせてしまう力にはかなわない。私のもっとも好きということになっている名画が使われている。
 〈ジェローム「ローマの奴隷市場」一八八四〉〈古代風俗に題材をとってはいても、これほど絵を見る者のエロティックな欲求に素直に応えるべく描かれた作品も珍しい。奴隷制も人身売買も通常の市民感覚に照らせば不道徳きわまりないはずなのだが、すべて古代の野蛮な習慣ということで大目に見られ、画家はひたすら美しき恥じらいのヌードの描写に専念し、見る者は画面中の競売者さながらに裸身を食い入るように眺めることになる。〉(本書より)
 有名な名画であるが一般的に有名というわけではないだろう。「なんだ後ろ姿のヌードではないか」なんていう人には、この後ろ姿のステキさをいくら説明したところで時間の無駄ということになるだろう。後ろ姿だからいいのだ。この背中姿から、アングル「泉」(一八五六)の有名な前向きのヌードの女性のポーズを連想させるようだが、見かたとしては面白い。しかし、前向きのあれこれがわからないから、後ろ姿が強烈にせまってくるからかもしれない。
 〈リアルな手法で中央画壇を指導したこともあり、ジェロームは大の印象派嫌い。モネやルノワールの絵を「フランスの恥辱」と呼んで、認めようとしなかった。今日の美術史に彼が登場しないのは、印象派の天敵にあたる画家だったからである。サロンの審査員もつとめたジェロームは新進画家を軒並み落選させ、彼が審査を欠席した年には、モネやルノワールら印象派の画家がこぞって入選したほどであった。〉(本書より)
 名画におけるヌードは、おしなべて、これみよがしの堂々とした自信いっぱいの全裸をゴヒロウしている。これぞ、芸術品でござい!! という裸体である。ところが、「ローマの奴隷市場」におけるヌードは、「見られたくない」ものを無理やりに助平おやじたちの前に立たされている。足元にぬがされたそまつな衣類が落ちている。前も後も見せたくない。後の見せたくない姿を、この絵の前に立って、見ているのは誰だ。自分だ。この絵は芸術作品として見るより、助平心いっぱいに見たほうが、もっとも正しい見かたのように思えてくる。まったくもって、「いやらしい」眼が画面にそそがれるだろう。男は女が体をひねればひねるほど喜ぶものである。そして、女性のひねった裸体の決定版といったら〈クレサンジェ「蛇に噛まれた女〉(一八四七)ではなかろうか。これ以上ひねることができない見本のような裸体の彫刻である。蛇に噛まれた女が、のたうちまわっているというポーズにおける芸術作品である。喜ぶのは助平おやじたちであるだろう。男が同じように裸体をひねったとしても、誰も見向きもしないだろう。より芸術はワイセツであり、よりワイセツは芸術である。芸術院会員などといったりする。ワイセツ院会員というものが生まれたらどーか。会員を決める選考会は最高裁判所であったりして。これくらい豊かな世の中になってほしいものだ。







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