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評者◆渡辺啓市(ブックスなにわ古川店、宮城県大崎市)
人をくったチェンジアップのような小説──百田尚樹著『夢を売る男』(2月15日発売、本体1400円・太田出版)
No.3098 ・ 2013年02月16日




 元日本ハムのダルビッシュ有が日本一の投手と呼ばれたのは、百五十キロを超える直球だけでなく、あらゆる変化球を自在に操ることにある。
 百田尚樹もまた、『永遠の0』や『BOX』などの読者にストレートに響く直球を投げ込んでくるかと思えば、シュートのように胸をえぐる『モンスター』、山なりの人生カーブ『錨を上げよ』など、様々なスタイルの作品で読者を翻弄し、今やエンタメ小説界のエース的活躍だ。
 当店は東北の農村都市の郊外にある、大して販売力もないありふれた書店だが、百田氏の本は『永遠の0』が太田出版から単行本で発売になった翌日から、必死こいて売り続け応援している。
 毎回違うテーマ、異なったスタイルの作品を発表し続けている氏の今回の舞台は自費出版ビジネスの裏側。発売前にプルーフ(見本版)を読ませてもらったが、ユーモアとブラックジョークと下品なギャグが炸裂するコメディ小説。変化球に例えるなら、とらえたと思った瞬間逃げていく、人をくったチェンジアップのような作品。
 主人公は丸栄社という自費出版社の編集部長牛河原。元大手出版社の編集に在職して売れない本作りをすることに辟易した彼は、自費出版という著者に夢を売る仕事に飛び込み、巧みな話術で、自分が書いた本がベストセラーになることを夢見たフリーター、教育ママ、定年退職者たちに大金を吐き出させ、ジョイントプレスとよばれる方式で自費出版本を刊行していく。
 大した努力もせずに、ベストセラー作家を夢見る大馬鹿たち(当店にもよく、定年退職した元教員や、ポエム命の女子大生、絵本大好きの専業主婦などが自費出版の本を置いて欲しいと頼みに来る。それらはまず売れることはないのだが、売れないのは本の陳列場所が悪いだの、売り方が下手だなどと絡まれ往生することがよくある)が、牛河原に騙され、翻弄されていくさまが痛快に描かれているのも読ませるが、一方で今の文壇、出版業界に対して毒を吐きまくる牛河原の言葉は鋭い。
 ごく一部の人気作家を除けば、殆どの作家がサラリーマン以下の年収に甘んじ、優雅な印税生活など夢のまた夢。大手出版社でも小説部門は大赤字で、コミックや雑誌で穴埋めしている現実。売れない作家を相手にする編集者の気苦労など、本にまつわる世界の裏側が、これでもかというように捲し立てられる。これはもうあらゆる文学賞受賞の可能性を放棄したような爆弾発言の連発だ。
 本作品の主人公牛河原は、今までの百田作品の主人公と比べると異色の存在かもしれない。半ば著者を煙に巻いて大金を引き出させる姿は、真っ直ぐに生きた『永遠の0』の宮部や『海賊とよばれた男』の国岡と異なりだいぶ彎曲している。
 しかし後半に出てくるライバルの悪徳出版社のあざとい営業方針と対比してみると、著者との約束事に嘘はなく、夢を見るには金がかかる、という信念の下、彼が仕事をしているのに気付く。
 下品でお下劣だが、やはり牛河原も他の百田作品の主人公と同じく男の中の男であることが分かるのだ。
 終盤、牛河原が痛烈な作家批判を繰り返す中で、こんな場面が出てきて大笑いした。
 以下少し長いが引用する。
 「元テレビ屋の百田何某みたいに、毎日、全然違うメニューを出すような作家も問題だがな。前に食ったラーメンが美味かったから、また来てみたらカレー屋になっているような店に顧客がつくはずもない。しかも次に来てみれば、たこ焼き屋になってる始末だからなー」
 大丈夫。百田先生、俺はラーメンもカレーもたこ焼きも大好きですよぉー(笑)。







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