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評者◆高頭佐和子(丸善・丸の内本店、東京都千代田区)
美しく切ない映画のようなエッセイ──内田洋子著『ミラノの太陽、シチリアの月』(本体1600円・小学館)
No.3097 ・ 2013年02月09日




 心の中に、いつも大切に保管しているエッセイが何冊かある。悲しいことが起こって立ち上がれなくなったり、進むべき道に迷って動けなくなってしまった時に、本の中で語られた言葉や描かれた風景、登場した人々がふと立ちのぼってきて、さりげなく私を助けてくれる。『ミラノの太陽、シチリアの月』も、そういう1冊になるのではないか、と読み始めてすぐに感じた。
 著者の内田洋子氏は、『ジーノの家 イタリア10景』(文藝春秋)で講談社エッセイ賞を受賞している。この本は受賞をきっかけによく売れて、私の勤める店でも長く平積みし続けていた。第2弾であるこの本も、発売当初から静かながらもコンスタントに、感じのよい売れ方をしていて、「1作目で確実に読者を獲得したのだなあ」と書店員として変な満足をしてしまい、いつか読んでみたいという読者の立場をすっかり忘れていた。ようやっと読み終えた今、自分のぼんやりぶりを反省すると同時に、遅ればせながらこのエッセイに読者として出会えてよかった、とこの本が陳列されたコーナーの前を通るたびに思っている。
 長くイタリアに住んでいる著者が出会った、さまざまな市井の人々の人生が描かれている。仕事で訪れたミラノのバールで、偶然知り合った大学教授から家の共同購入を持ちかけられた著者が、翌日にはその突拍子もない提案を受け入れてしまう第1章にまずは驚かされる。次の章では、人々に愛される優秀なキャリアウーマンであった著者の友人が、購入した家に心を囚われ、徐々に世間からずれていく人生が描かれている。第1章の軽やかでわくわくするような印象とはかなり違う胸がざわつくような結末に、これは思っていたより恐ろしい本なのかもしれない、と気がついた。そして、その時にはすっかり本の世界に引き込まれていた。
 駅舎にささやかに暮らす鉄道員の一家、海辺の家での暮らしを夢見たタクシー運転手、公園で木に話しかけていた風変わりな男性との出会いがきっかけとなって開かれた田舎の食堂での夢のようなパーティ、同じ建物に住む幼馴染の少年と身分違いの恋をする友人の娘、「海の狼」と呼ばれた船上で暮らす雇われ船員の男、シチリア島で行われた美しい結婚式……。美しく切ない映画のような、そして運命のいたずらに驚かされる物語のようなエッセイだった。どんな場所でも、生まれ育った場所や、自分の家という存在に運命を動かされ、人は生きていくものなのだろうか。描かれているのは日本からは遠いイタリアで暮らすかなり癖のある人々であるのに、彼らをとても身近に感じる。
 著者と同じアパートに住む老弁護士カップルに喜びと悲しみが訪れ、それを知った親しい住民たちが交わした会話が印象的だ。ある住民が悲しそうに「光あるところには、闇があるのですね」と言い、それを聞いた別の住民は、「闇を照らす灯りもあるのだから!」と言い返し、黙り込む。心地よいかと思えば苦い痛みがあり、どん底に落ちたかと思えば希望の光がさしてくるような不思議な読後感と、この住民たちの会話を、私はこれから先何度も思い出すのではないかと思う。
 この本を必要としている読者は、私が考えていたよりもっと多く存在するのではないかと思う。一人でも多くの人たちと、この読後感を分かち合うことができたら、とても嬉しい。







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