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評者◆たかとう匡子
地方からの視点で書くシステムが重要──人なつっこく新鮮な杉山平一像を提示する「モダニズム詩人 荘原照子 聞書──松江の人々」(手皮小四郎「菱」)
No.3097 ・ 2013年02月09日




 「文学雑誌」第88号は昨年亡くなった杉山平一追悼号。巻頭には1946(昭和21)年12月20日に発行された創刊号に掲載されたエッセイ「父」が再録されていて、末尾には新人創作との注がある。昭和21年といえば終戦の翌年。荒廃のなかで戦後文学もまだ始まったばかりだった。そんな頃に関西からこの雑誌が創刊されて、奇しくも88号までつづいたなんて驚きと同時に敬服に値する。私とこの人とは割合近くにいただけに、この創刊号に新人として載せられているのも面白い。ここでは杉山にしぼって書いているが、地味だがこの雑誌、半世紀以上もおごることなく、独特の緊迫した静けさで持続して今や古木の風貌を持つ。大塚滋「文鎮」、枡谷優「外国切手」、竹谷正「わが懐かしのチャンバラ映画」など、淡々とみずからの骨法を持って黙々と書いているのにも好感を持った。
 「菱」第180号(菱の会)の手皮小四郎「モダニズム詩人 荘原照子 聞書――松江の人々‐布野謙爾・杉山平一・景山節二」は地味ではあるが、根気のいる聞き書き。ここでも杉山平一が出てくる。杉山づくしになって悪いけれども、こういう機会もあまりないので書いておきたい。一時「椎の木」にいたり、同人誌「貨物列車」をみずから編集発行人になって創刊したり、松江や鳥取など旧制高校の山陰時代の杉山平一の交友録が描かれていて、私は関西にいるが、日常的にはめずらしい杉山平一が出てきて興味深かった。考えてみれば今日ではほとんどが東京中心に書かれることが多いが、こういう地方から見た視点で書くというシステムはもっと出来なければなるまい。地方から見た杉山平一は中央から見たのとは違って人なつっこく新鮮だ。こういう視点を大事にしたいと思う。
 「めらんじゅ」第14号(めらんじゅの会)の寺岡良信「小説という形の批評――小林信彦『うらなり』を読む」は、これを読んで気がついたので主題から離れるかもしれないが、対象になっている『うらなり』はいわゆる換骨奪胎小説で、似たものとしては他にも太宰治や芥川龍之介の翻案小説がある。現在にもこういうのがあっていいのではないかと思った。漱石のばあい『坊っちゃん』は創作だが、そこを主人公を入れ替えて描くという、なるほどバリエーションはいっぱいひろがる。と同時にこういう読みをすれば文学の幅も拡がっていく。そこに着目している寺岡良信も面白い。
 小説では「メタセコイア」第9号(メタセコイアの会)の和泉真矢子「林檎」に感心した。冒頭、林檎を剥こうとしたがナイフが滑って剥けず、ナイフを林檎に突き刺したという、うたた寝中の夢の話が出てきて、そこから錯綜した展開になるのだが、最後にまた同じ場面を登場人物に言わせてうまくドラマを高みに押しあげ完結させる。平板さがなく、襞をいっぱい使い、その襞の作り方もうまい。格調も高く、一気に読んでしまって、それが何よりも印象に残った。
 「じゅん文学」第74号(じゅん文学の会)の小久保圭介「宮熊」は創作となっているが、私の中では長篇叙事詩。長篇と書いたが、その長さも半端ではなく、二段組みにして五十四頁にわたる、まさに大作だ。主人公の僕が宮沢賢治と名古屋駅で待ち合わせて、快速みえ51号に乗ったり、特急南紀1号に乗り換えたりしながら熊野へ一泊二日の旅をし、無事名古屋駅に帰ってくるまでの出来事が淡々と語られる。ここでは叙事という作品行為をとおして、宮沢賢治体験や中上健次体験、東日本大震災体験と作者の読書体験が生理感覚で描かれていく。言葉をかえれば、同伴という形をとることで、作者が宮沢賢治や中上健次や東日本大震災を追体験していくと言ってもいい。こういう試みはたいへん珍しく、とても刺激的にうつった。善し悪しは別にして大切にしたい。
 「鳥語」第65号(鳥語社)の左近育子「曇り空」は学校で社会科の時間に父親の仕事を発表することになって、主人公が「ぼくのお父さんは映画俳優ですが、人気があるので、テレビにもばんばん出演しています」といったが、実は斬られ役、殺され役が専門の、その他大勢の俳優だった。そのことで翌日からいじめられ、学校をさぼったりする。最後は、たまたま、通学路に突っ込んだ車の事故で子どもたちの大惨事の現場を見たことでいじめがなくなる。これはいかにも京都らしい素材で、思わず読んでしまった。素材としてもユニークで捨て難い小説といえよう。
 「澪」は創刊号。大城定「暗渠」は定年を過ぎた元小学校教諭の主人公が痴呆の老人の後ろに付いていったため、息子と間違えられ名前を呼ばれ、話しかけられ、そのまま息子になって、というふうに物語は進行する。こういった自分が他者に入れ替わるなど小説だからあり得る話で、逆にそこがしっかり書き込まれると逆にリアリティはましてくる。人間社会のスリリングなわながよく描かれている。ほかにも石渡均「映画監督のペルソナ 川島雄三論(1)」、柏山隆基「ポオの美について(ノート)(1)」は始まったばかりの連載だからここではまだ触れられないが、こういうのも含めてこの雑誌の今後に期待したい。
(詩人)







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