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評者◆池田雄一
想像ラジオから想像レビューへ
No.3097 ・ 2013年02月09日




▼たいへんなことになってしまった。担当編集者から提示されたオーダーは三つである。一、対象作品が店頭に並んでいるうちにだすこと。文芸誌でいうと、次号が出る前に公表することになる。二、編集部との対話形式でおこなうこと。これは飲み屋での打ち合わせのノリを狙っているようだ。三、文芸誌に掲載されている作品に限らず、単行本もあつかう。場合によっては、思想系の本もとりあげること。こんなことできるのか、と訝りつつ、あたえられた任務をはたすべく、編集者からの問いかけに応じるのであった。(池田雄一)

 ――まずは芥川賞からお願いします。
▼黒田夏子の「abさんご」だよね。もともと作家って偏屈なところがあるでしょう。何故かいい作家ほどそうだよね。でもそういう人って、新人賞なんかも嫌いだったりする。でもこれってやばいよね。
 ――それって、力量のある人は、新人賞に応募しないってことですか。
▼完全に妄想入っている話だよね。でも、賞の方も、まずは書き手に選ばれる必要があるということでしょう。黒田氏の場合は、『早稲田文学』の募集要項が気に入ったから応募したとのことだけど、それくらいじゃないと、人として駄目だよね。
 ――能書きはいいので、はやく小説の話に入ってください。
▼はいはい。こんなに読むのに時間がかかる小説ってひさしぶりだよね。最近は、中間小説的な作品が目立っていたせいかもしれないけど。でも本当に面白い作品だよね。この、読みづらさと面白さが同居している感じって、何だろうね。
 ――だからそれを言ってくださいと言っているんですけど(棒読み)。
▼ぱっとみてわかるけど、作品から、人物の名前がとりのぞかれている。つまり、固有名詞がないんです。それだけで小説の時空がこんなに変わってしまうというのは、ビックリだよね。
 つまりこういうことだよね。小説の一貫性を保証するのは、筋の一貫性であり、それを可能にするのは登場人物の一貫性である。それを具現化しているのが固有名詞だということになる。この固有名を排除することによって、小説にでてくる人や鳥は、時間とともに成長し、やがて滅んでいくような存在へと変換される。そういうことになるのでは。
 ――この小説に鳥なんて、でてきましたっけ。
▼いやそれ喩えだから。厳密にいうと、固有名の排除によって、論理空間とかさなるようにしてできた均質な空間から、アレゴリーが敷きつめられた通路へと変換される、ということになるよね。
 ――またアレゴリーとか言っちゃって。
▼じゃあ寓意でいいです。たとえば、日和聡子の「塵界雪達磨」(『すばる』)には、「雪だるま」がでてくるけど、雪だるまって、人間の寓意でしょう。でも、人間の寓意だということは、死の寓意でもある。たしかに、子供のころに読んだ雪だるまの話って、トラウマになるよね。
 「塵界雪達磨」の場合は、前半が、雪だるまが主人公の、それこそラブリーな寓話として書かれていて、後半のメタ物語によって、それが死の寓話へと書き換えられる。でも、前半の寓話的な部分と、後半のメタ物語が転じて現実的な話になっちゃった部分の語りのトーンが、微妙に揃っちゃっているのが気になるよね。後半は固有名をすべて排除するくらいの野蛮さがほしいよね。
 ――いやそれやると「abさんご」になるし。
▼おや、今日はさえてるね。それにしても、固有名の使い方が、黒田さんとは真逆だよね。そうした、固有名詞のアレゴリー化とでもいうようなことを試みているわけだ。
 ――その話の流れでいくと、いとうせいこうの「想像ラジオ」(『文藝』)はどうなんでしょう。
▼ラジオはやばいでしょう。いや私AM放送とか、怖くて聞けないんですよ。まず、こちらに語りかけてくるのが駄目。そして、ノイズが入るというのも怖い。そのラジオという装置が、作品の主題でもあるのが、この「想像ラジオ」ですよね。マネキンが人間そっくりのプラスチックだというのとおなじく、ラジオからきこえてくる声というのは、自然の声となまじ似ているが故に、死そのものが語りかけてくるような感じがしますよね。
 ――なんで敬語なんですか。
▼いや怖いから。このラジオという装置を駆使することによって、いとうせいこうは、死者を語るのではなく、死者が語る、という逆転を可能にしたことになりますよね。でも、ここまで書いたら、最後はホラーにまで突きぬけて欲しかった。
 ――それって、最後にこのDJがゾンビとして甦るとかですか?
▼そうじゃなくて、人間の努力や希望とかが、まったく意味を持たない世界の話として終わらせて欲しかった、ということですよ。雪だるまの話だって「最後に子供たちの努力で、永久凍土として生きながらえました」なんて落ちだったら嫌でしょう。逆に怖いか。
 外山恒一によれば、80年代には「青いムーブメント」があったことになるけど、いとうせいこうって、まさにそういう印象があるよね。つまり、消費社会に左翼的な物語が組み込まれて、その流れにのることが運動することだ、というメタ物語があった。
 ――長州力の「革命軍」とかでしょうか。
▼いやまあ、そうです。そういえば、野間賞の授賞式に前田日明がきてたね。すみません肩車してくださいって、口から出かかったんだけど。それはそうと、いとうせいこうの「青さ」を信用しきれるかどうかが、自分らの世代にとっての鍵になるような気がする。
 ――黒川創の「暗殺者たち」(『新潮』)は、全篇にわたって、講義という形式で書かれていますが。
▼これは、まず作家の黒川創が、伊藤博文について漱石が書いた幻の記事を発見したわけです。その記事を、彼はこの小説のなかで発表したんです。小説で発表って……。これはクイズか何かなんでしょうか。この「暗殺者」で発表された漱石の記事は、はたして本物でしょうか、みたいな。
 ――それって、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいな仕掛けとして、漱石の記事があるということですか。
▼だとしたらすごいよね。講義そのものも、さまざまな事件が、どのようにして物語化されていき、どのように歴史化されていくのか、あるいは歴史の当事者の内面が、どのような物語によって構成されていたのか、ということが語られているわけだから、本当に訳がわからなくなるよね。
 物語としての歴史という意味でいうと、萩世いをらの「おでかけの感じ」(『文藝』)は、まるで誰かのライフログを読んでいるような気分になるよね。まるで虫の観察をするように、つきはなした語り口で、登場人物の生き様を語るというのが、最近の彼の作品の特徴だよね。
 ――でもこの作品、いまいち、よくわからなかったんですよ。
▼自分の記憶に検索をかけてみて、ひっかからなかったら、ピンとこない小説かもしれないよね。自分の場合、「ネコ」と「育児地獄」で引っかかるので、けっこう入れ込んで読めたけど。まあ君も、ネコでも飼ってみれば泣いて読んだと思うよね。でも、『公園』なんて、あんな怖い小説でデビューしちゃった人が、はたしてライフログ小説でいいのか、というのはあるよね。
 ――ところで「一九八九年の丸山眞男」(『すばる』)にはびっくりしました。未発表インタビューだそうです。これ、衆院選後という掲載タイミングを狙っていたのでは。
▼まさしく、隠れ硬派とでもいうべき、「すばる」の面目躍如だよね。丸山が驚いたのは、「平和憲法」でも「象徴天皇制」でもなかった。憲法に「人民主権」が謳われたことに、まず仰天した。そんな話だよね。それにしても、「人民主権」といわれて、こちらも目からウロコが落ちた気になるなんて、ちょっとやばい状況だよね。
 あとは、天皇機関説のなにが画期的なのかを言っているのも面白かった。機関説をとらないと、天皇のプライバシーがなくなる。たしかに、プライバシーの問題って、象徴天皇制でも残ると思うんだけど。それにしても丸山先生の老人力が遺憾なく発揮されていて、歴史に触れたっていう感覚がある。テープをひっくり返す音まで聞こえてきそうだよね。
 ――約束どおり、単行本からもお願いします。
▼昨年の暮れに、竹村和子『彼女は何を視ているのか――映像表象と欲望の深層』(作品社)が刊行されました。竹村さんは、ジュディス・バトラーの翻訳者として、あるいはそれに関連したフェミニズムの理論家として知られていると思うんだけど、この本を読むと、理論家としての側面の他に、すぐれて批評的な資質を持った人だというのが、はっきりと見てとれる。たとえば、デビッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』についての評論なんか、読んでいて泣けてくる話だよね。キーワードに還元されない、セクシュアリティをふくめた、生の実存の問題に、正面からとりくんでいたのではないか。
 その前に出た『文学力の挑戦――ファミリー・欲望・テロリズム』(研究社)のなかに、「気が滅入る作家――ヘミングウェイと志賀直哉」というコラムがあるんだけど、これもすごい。なんで自分がヘミングウェイを読むと気が滅入るのかということが、ものすごく気の滅入る文体で書かれているんだけど。読んでいると、作品を批判するには、まず何より徹底して評価しなくてはならない、という逆説にふれた気がする。それにしても、生きている人間だろうと、死んだ人間だろうと、情け容赦なく平等なのが、読むという行為の美徳でもあるよね。
        ――つづく







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