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評者◆高頭佐和子(丸善・丸の内本店、東京都千代田区)
幸せに生きるってどういうこと?安田峰俊著『和僑――農民、やくざ、風俗嬢。中国の夕闇に住む日本人』(本体1800円・角川書店)
No.3093 ・ 2013年01月12日




 今年は領土問題の影響もあり、中国関係の本が大量に出版され、そしてよく売れた。中国とはどのような国であり、中国人とはどのような人々なのか、お客様の関心の深さが、日々の売上げを見ているとよくわかる。そんな中出版された、変り種の一冊がこの『和僑』である。著者は現代の中国事情に通じた若手のノンフィクション作家だ。彼の言う「和僑」とは、中国大陸で働いたり暮らすことを選んだ日本人たちのことであるが、この本の中で取りあげられるのは国際的に活躍するビジネスマンや成功した経営者などのエリートな人々ではない。経歴だけ聞けば、「どうしてわざわざ中国に住んでいる(働いている)の?」と問いかけたくなってしまうような、日頃あまり光を当てられることのない人々が紹介されている。
 最初に登場するのは2ちゃんねるに「中国の田舎に住んでるけど質問ある?」というスレッドをたてた男性である。たまたま中国人と結婚し、現地でそれなりに幸せに暮らしているという。本当かどうかもわからないインターネットの書き込みだけを頼りに現地に行き、一筋縄ではいかない中国の人々と何とか渡り合って本人の所在を突き止めてしまうあたりは、まるで冒険小説のような迫力があり、私はすっかりこの本に惹きこまれてしまった。
 苦労の末、ようやく探し出したその2ちゃんねらーは、コネ社会でうまく立ち回り、現地に溶け込んで暮らしており、こちらの視点から見れば厄介なことにいろいろ巻き込まれているようだが、「日本より中国のほうが自由で暮らしやすい」「のびのびできる」と語る。マカオのサウナで「ニッポン定食」の名で他の国の女性より高い値段で売られる風俗嬢として働いた経験のある女性は、何度か手痛い経験をしつつも、一種のロマンを求めて積極的に海外出稼ぎを続けている。彼らの生き方には、驚かされ、時に疑問も感じるが、固定観念に囚われない「幸せ」を追求する生き方に、一種の爽快感を感じてしまった。
 こういう個性的な生き方の和僑が登場する一方で、上海の日本人社会において階級の一番上に属する大手企業駐在員たちの生活も取り上げられている。彼らとその家族は、日本人向け高級マンションと会社の中に閉じこもり、海外で生活しながらも現代の日本では難しくなりつつある、一昔前の理想的な日本の家庭を思わせるような保守的で安定した生活を送っている。日中友好協会にかかわったある女性の生き方が印象的だ。その女性は、戦後まもなく日本共産党に入党し、出版社で働きながら中国政府とも密接な関係を持ち、日中友好に身をささげてきた「親中派」だった。にもかかわらず、紆余曲折を経て現在は「ネット右翼」の人々と似た考えを持つ「反中派」に転向している。戦後の日中関係の変化を投影したような彼女の生き方には、胸が苦しくなってしまう。
 著者の目線を通して描かれた和僑たちは、中国とはどんな国か、ということよりも、日本人であるということはどういうことか、幸せとは何かという問題を読者に問いかけてくる。「中国を相手にすると、日本人は『日本人であること』を過剰に意識してしまうようなのだ」と著者は語るが、日本に生まれ育ち、特に国際的環境に身をおかずに生活している私は、この本を通して「日本人であること」を久々に意識させられた。日本人としてこれからどう生きたいのか。そもそも日本人として生きるって何なのか。そして、幸せに生きるってどういうことなのか。今まで何となく棚上げしてきたいくつかの問題を、喉元に突きつけられたような気分がする。ちょっぴり痛くて、でも妙にさわやかな読後感だ。







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