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評者◆星 真一(紀伊國屋書店梅田本店、大阪府大阪市)
なつかしい「未来の記憶」があちこちに──雪舟えま著『タラチネ・ドリーム・マイン』(本体2200円・PARCO出版)
No.3092 ・ 2013年01月01日




 二〇一一年に第一歌集『たんぽるぽる』(短歌研究社)を上梓し、歌壇にとどまらず、広く読書界の話題をさらった雪舟えまが短篇小説集を出版した。『タラチネ・ドリーム・マイン』(PARCO出版)と題されたその本の発売を待ちわびて、ほんとに遠足まえの子どものような気もちで手に取ったのだった。
 さっそくもくじをめくると、
1「モンツンラとクロージョライ」
2「越と軽」
3「ワンダーピロー」
4「さおるとゆはり」
5「モズ・ラファ」
6「電」
7「草野ずん子」
8「瞬」
9「明大前ゆみこ」
10「水晶子」
11「ことざくら」
12「タタンバーイとララクメ」
という一二の短篇小説のタイトル(丸数字は評者)が目に飛びこんでくるのだが、いったいどんな小説なのか、これではまるで見当もつかない。
 じつはこの一二篇すべてのタイトルに共通点があるのだけれど、はてさて、なんだかおわかりだろうか?
 正解は、すべて登場人物のなまえがタイトルになっている、でした(厳密に言うと、3は店の屋号だけれど、主人公がその名で呼ばれるという点では変わりがない)。閉じたなりに安定している主人公の人生に、あるときは不意に、あるときはさりげなく、何者かが闖入してくるというのが物語の基本パターン。それは全身をうす青い炎に覆われたふしぎな転校生であったり、おしゃまな養子であったり、仲間とはぐれた宇宙人であったり、来世の妻であったりするのだが、そこで拒絶や波乱が起きるわけではなく、ごく当然に相手を受け入れてしまうのが、ここで描かれる人びとのすてきなところだ。
 SFともファンタジーともちがう、宇宙や未来へのひろがりを内包した世界観。雪舟さんの描く世界では、未来の配偶者も、火星も、あたりまえのようにそこにあるのだ。たとえば、『たんぽるぽる』にこんな歌があった。
〈はったい粉かきわけかきわけなつかしい死人や未来の夫をさがす〉
〈痣売りや石並べ屋が繁盛する火星がなつかしいね くわがた〉
 ここに詠まれた「火星の石並べ屋」が、まさしく3のワンダーピローという店なのだが、地球の石を並べて地面に模様を描き、見物客に料理や酒、茶を提供するのを生業としている。
 行ったことのない火星の、聞いたこともない商売をなつかしいと感じるメンタリティ、未来の夫を幻視する感受性、そういうなつかしい「未来の記憶」が短篇集のあちこちにあふれている。
 6の電は平安朝とおぼしき時代の姫さまだが、いっぷう変わった人柄で、かぐや姫の再来と噂されている。電姫の夢には見たこともない世界がくりかえし現れ、その描写はわたしたちの暮らす現代に他ならないのだけれど、彼女にとってはその世界こそが自分の故郷、なつかしい記憶と感じられるのだ。
 この短篇集で、くりかえし描かれることがもうひとつ。それは「意識の同期」とでも言うべき現象だ。自他を同一視するような押しつけがましさはなく、さりげなく、ゆるやかに、けれどもなだれこむように、相手の意識を感じてしまう。考えがわかるだけでなく、他人のよろこびやしあわせを感じることができる。
 12に登場する惑星フェザー、この星は訪れるひとの願望にあわせて姿かたちを変えてしまう。だから、この星で待ち合わせようとしても、意識を同期できない相手とはおなじ場所にたどりつけず、出会えないのだ。
 『タラチネ・ドリーム・マイン』もわたしたちの意識に合わせ、すこしずつかたちを変える。わたしの見たうつくしい景色がどうか、あなたに見えますように。







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