書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆小嵐九八郎
純文学には意義があった──崔仁浩著『他人の部屋』(井手俊作訳、本体二〇〇〇円・コールサック社)
No.3092 ・ 2013年01月01日




 純文学って何なのだろうか。『広辞苑』の電子辞書のSEIKO版では「大衆文学に対して、純粋な芸術を指向する……」旨が書かれているが、うーむ“純粋な芸術”ってえのがまた難しい。絵画における尾形光琳の『紅白梅図屏風』の理知的で極限的装飾とか、久隅守景の『納涼図屏風』のつましい家族の安らぎの束の間とか、葛飾北斎の通称『赤富士』の大胆と繊細が同居する自然の凄みとかは“美”であるけれど、芸術よりは迫力があり、庶民感情が豊か。純文規定は平野謙あたりがしたらしいけれど、実際には文藝春秋の編集者が芥川賞の候補を決めてきた文学史の産物なのだろうと推測する。もっとも、フランスでは出版社ごとに大衆文学と厳しく区別されていると聞くし、そういえば、かのスタンダールすらこのことに気を配っている。
 太宰治の『人間失格』は純文学だろうが『斜陽』は流行小説的で楽しい。谷崎潤一郎の『春琴抄』は男側のSMのMの純文学だけど初期作品にはエロそのものがある。川端康成の『雪国』は駒子をプロレタリアと見なすとかなりの思想的な純文学だけど晩年の『眠れる美女』はエロ小説になり切れず、いろいろ面倒である。濃密恋愛小説が好きな当方は悩む。
 ただ、敗戦後は純文学が先駆として政治、社会、美のテーマで大衆文学を引っ張ってきたことだけは確か。大江健三郎氏の『性的人間』『個人的な体験』を例にとると分かる。
 それで、隣国でありながら、韓国の文学についてまるで無知である俺だけど、「韓国純文学シリーズ1」として崔仁浩(チェ・イノ)氏の1970年代初め頃の若い時の作品『他人の部屋』(井手俊作訳、コールサック社刊、2000円+税)が出た。60年代から70年代の、朝鮮戦争の傷、独裁政権、ヴェトナム戦争を五感とかなり広い懐の中に仕舞いながら書いてあり、唸ってしまった。巻頭の『酒飲み』の主人公は父を探すアル中寸前少年である。設定だけで度肝を抜かされる。続く『模範童話』は子供相手の八百長オジさんの自死、表題の『他人の部屋』は周りの存在の重さに主人公が芥子粒ごときになるカフカより現実的な存在論の小説である。純文学には意義があった。(作家・歌人)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約